松尾芭蕉の有名な俳句に「古池や かわず飛び込む 水の音」という句がある。
「かわず」とはカエルのことだが、カエルの調査をしていると句の雰囲気からカエルの種類が何となく分かってくる。
人が歩いてきた時、驚いて池にポチャンと飛び込むのは、多分『ツチガエル』だろう。
雲仙市で撮影したツチガエルの成体。

そして、これは佐世保市で撮影したツチガエルの成体。

ただし、2022年、関東及び東北太平洋側のツチガエルはムカシツチガエルとして新種記載された。
松尾芭蕉は、この句を江戸の地で詠んだと言われているので、私が見たことのないムカシツチガエルを詠んだことになるだろう。
ムカシツチガエルは形態や生態も長崎県にも生息するツチガエルに似ているので、ここでは、長崎のツチガエルということで紹介したい。
ツチガエルは河川や池・水田に生息する小型のカエルで、昔は身近な場所で普通に見られた。
焦げ茶色でからだにイボイボがあり強く触るといやな臭いが手につき、洗っても少々のことでは取れない。
これこそ、カエルの臭いと昔は思っていたが、他のカエルはほとんど臭いがないので、ツチガエル独特の自己防衛のための特徴なのかもしれない。
長崎ではイボガエルと呼ばれ、触るとイボができると信じられていた。
小さい頃はそれを信じ直接触れることを避けていたように思う。
もし、これが本当なら私の手はイボだらけになっているはずだが、今のところ手はスベスベである。
そんな身近にいたツチガエルが、最近、極端に減ってきた。
その理由として考えられるのが、一年中水のある田んぼや水路が減ってきたことにある。
ツチガエルは、ほとんど水場や水場周辺で一生を過ごす。
その水場がなくなれば、そこでは生きられないカエルである。
水路や池に産卵し、そこでオタマジャクシの時期を過ごす。
写真上は(大村市で撮影)、写真中はツチガエルの卵塊(長崎市で撮影)、写真下はツチガエルの幼生(諫早市で撮影)である。
これは、抱接したツチガエル(大村市で撮影)。上がオス。

これは、長崎市で撮影したツチガエルの卵塊。

これは、ツチガエルの幼生(おたまじゃくし)で、諫早市で撮影した。

県内にすむほとんどのカエルが年内に変態してカエルになるが、このツチガエルは冬を越して翌年変態するものも多い。
とにかく、水の中で生活する幼生の時期が極端に長いので、途中で干上がってしまうと全滅ということになる。
変態後も水場から離れることがなく、水場周辺で生活している。
産卵は初夏、「ギー ギー」と低音の鳴き声が聞こえる頃が最盛期である。
写真は鳴いているツチガエルの雄で壱岐市で撮影。

子供のころ、カエル釣りをして遊んだことがある。
ススキやチガヤの細い茎でわっかを作り首に引っ掛けて釣り上げるのである。
農家だった家の周りには水場が多く暇なときには釣って遊んでいた。
現在の家の周りはコンクリートで被われ、一年中の水場はない。
ツチガエルがすめないのは当たり前である。
長崎県版レッドリストでは2022年からこのカエルも準絶滅危惧種(NT)に指定された。
長崎県では対馬を除く県内各地で見られていたが、今ではその鳴き声を聞くことも少なくなってきた。
水田周辺ではほとんど見かけず、庭にある池や湧き水のある小さな池、水路など、水が一年中ある場所だけになっている。
しかし、一年中水がある場所があれば生息は可能で、思わぬ所で発見することもある。
松尾芭蕉が詠んだ有名な俳句「古池や かわず飛び込む 水の音」。これを詠ませる元となったツチガエル。いつまでも、この長崎の地で繫栄してほしいと願っている。