幻のカエルになりつつある「トノサマガエル」

 

 『トノサマガエル(殿様蛙)』、いい名前だなと思う。

その立ち姿は、背筋をピンと伸ばしてゆったりとした貫禄、本当に偉そうに見える。

まさに名前の通りだと感心してしまう。

サイズも体長10cm前後と大型でかっこいい。

近年はその大きさの個体を見ることはなく、ほとんどが小さな個体ばかり。

最近では、その小さな個体さえ見ることは難しくなってきた。

カエルの王様トノサマガエルはいったいどうなるのだろうか。

 

殿様のように見えてしまうトノサマガエル(平成7年、諫早市で撮影)


 トノサマガエルが長崎の水田から姿を消し始めてから30数年、昭和の50年代まではそれなりに見ることができたが、今ではほとんどいなくなった。

私は、昭和44年から49年の5年間、福岡県宗像市の大学に通い、毎年のように実験用にたくさんのトノサマガエルを採集していた。

捕獲する理由は実験用の脳下垂体を確保するためであった。

在学中は、捕っても減ることはなかったように記憶している。

長崎の方の詳しい記録は残っていないが傾向は同じだろう。

昭和49年4月から5年間、長崎県の壱岐高校に勤務したが、壱岐にはトノサマガエルがいなかったので、その間はほとんど見ることがなかった。

昭和54年、西彼杵郡長与町にある長崎北陽台高校に転勤した。

その頃から、長崎県内の両生類の調査を始めたが、学校下の水田にもトノサマガエルがいたし、他の場所でも見かけていたように思う。ちなみに、写真のトノサマガエルを撮影した場所は今は住宅街である。

この時に撮影した一枚が、私の最も古いトノサマガエルの写真になっている。

 

一番古いトノサマガエルの写真(昭和55年、西彼杵郡長与町)

 

ただ、この頃から少しずつ見る機会が減り、昭和の時代の終わりごろには、平地の水田にはほとんどいなくなったという記憶がある。

平成の世になるとその傾向はますます強くなり、今では、多良山系、国見山系、雲仙山系、西彼杵半島の山間の水田ぐらいでしか見ない。

長崎県レッドリストでは、絶滅の可能性が一番高い絶滅危惧ⅠA類(CR)に指定されており、環境省でも準絶滅危惧種(NT)に指定されるほど、減ってきている。

 

 トノサマガエルが激減した原因は農業形態の変化だといわれている。

トノサマガエルは、その一生を水田に依存している。

水田に産卵し、水田でオタマジャクシは成長し、変態し上陸しても水田付近で餌をとり、冬眠はあぜ道の土の中である。

トノサマガエルは5月の田植えの時期に産卵し、オタマジャクシとして約2ヶ月を水の中で過ごす。

昔から、稲作の途中で水を抜く“中干し”は行われてはいたが、水田の一部には水が残っていたし、周りの水路にも水があった。

だから、幼生は、何とか生き延びることもできた。

しかし、現在では、圃場整備により土地は平らになり、稲にとって必要なとき以外は水が全くなくなっている。

当然、オタマジャクシは生きていけない。

これが、大きな原因の一つと言われている。

そのため、平地の田んぼでは全く見られなくなり、一部の昔ながらの山際の水田だけがトノサマガエルの生きていける場所となった。

山際の田んぼでは、中干しをしても一部に水が残ったりして、オタマジャクシが生き延びるための水が周囲に確保されているからだ。

ただ、その山際の水田が、農家の高齢化によりどんどん放棄されている。

幼生の育つことのできる水田は減っていく一方である。

 

トノサマガエルの卵塊(平成21年、東彼杵町)

 

水田の中のトノサマガエル(平成10年、大村市)



しかし、トノサマガエルもただ黙って絶滅を待っているわけではなさそうだ。

近年は、田んぼ周辺の池で多く見られるようになってきた。

もしかしたら、水田をあきらめ、水が枯れない池を新天地として生き残りを図っているのかもしれない。

 

池の中のトノサマガエル(平成17年、諫早市)

 


 日本の水田耕作が維持されるためには機械化は必要だし、圃場整備も大事と思う。

でも、少しでも水場を残し、多くの水田の生き物が生息できる環境を維持することも大切ではないだろうか。

殿様という名の、貫禄のあるかっこいいカエルが、100年後の長崎でも、人と共存共栄していることを望みたい。