今回もヘビの話。苦手な人も多いと思うので写真はすべて下の方にまとめてみた。
「ひらくち」という動物を知っているだろうか。
長崎で使われている方言で、有名な毒ヘビ「マムシ」(図1・2・3)のことである。
「ヘビ」という名称は関東地方で使われていた呼び名で、昔の長崎では「くちなわ(長崎県本土)」とか「ながむし(五島、壱岐、対馬)」と呼ばれていた。
「くちなわ」は「朽ちた縄」という意味らしいが、私は「口のある縄」の方がしっくりくる。
「ながむし」は「長い虫(昔は両生類や爬虫類は虫に分類されていた)」という意味であろう。
しかし、「ヘビ」という標準語の浸透とともに「くちなわ」や「ながむし」という呼び名は使われなくなった。
今では、その呼び名を知っている人はほとんどいない。
「ひらくち」というのは「ひらべったいくちなわ」からきたと言われているが、実際にマムシを正面から見てみるとその通りだと納得できる(図4)。
マムシの毒は出血毒。
噛まれた瞬間チクッとして、しばらくすると激痛がおそってくるそうだ。
長年野山を歩き回っている私だが、幸か不幸か、まだ噛まれたことがないので自分の経験が話せないのが残念である。
でも、マムシに噛まれてもマムシ毒の血清(図5)があるので、病院にさえ行けば死ぬことはほとんどない。
私の友人も数人噛まれているが、血清を打った人もいれば、打たずに治した人もいる。
怖れられることの多いマムシだが、マムシの方から飛び掛かってくることはなく、極端に近づいたり触れたりしたときに仕方なくかみついてくる。
以前、五島の福江島でタゴガエル(現在はゴトウタゴガエルとして記載)を捕まえようと沢にいたカエルに飛びついたとき、20㎝ほど離れた岩場にマムシがとぐろを巻いていた。
気づいた瞬間、びっくりした私はカエルを放り投げ、数mは後ろに飛んでいたと思う。
マムシの方もびっくりしたようでどうしていいか分からずきょとんとしていた。
マムシの体色は茶色の保護色であり(図6)、さらに、人が来ても動かずにジーとしているので、こちらが先に見つけるのは難しい。
山の中を一人で調査していたので、あと20㎝ほどずれた場所に飛びついていたらと思うと、今でもドキドキする。
長崎県では県内各地に広く分布し、五島列島や壱岐・平戸島やその周辺島嶼にも生息している。
対馬は、別種のツシママムシ(図7・8)が生息しているが、県本土のニホンマムシよりも攻撃性が強いと聞いたことがある。
一見した姿はよく似ているが、銭形文様や舌の先の色が異なっている。
要は、対馬ならツシママムシ、それ以外ならニホンマムシである。
30年ほど前、ヘビの方言を採集するため県内各地歩き回ったことがある。
40か所ほどを調査したが、ヘビの総称としては「くちなわ」「ながむし」があり、種類ごとに「・・・くちなわ」「・・・ながむし」という名称を採集できた。
しかし、なぜか、マムシだけは、長崎県中「ひらくち」であった。
五島列島や壱岐・対馬でもマムシは「ひらくち」であった。
不思議な気がしたが理由は分からない。
もしかしたら、毒蛇として恐れられていたマムシだけは、場所ごとに名前が違っていたら大変なことになるからではないかと思っている。
マムシ焼酎を何回か作ったことがある。
アルコールの度数が低い焼酎につけたものはダメだったが、高い度数につけたものは立派に仕上がった。
今でも小さい個体を漬けたものが一本残っている(図9)。
この瓶の半分ほどは、私の家に遊びに来た卒業生や教員仲間に飲んでもらった。
味の評価は「意外とおいしいよ」というものだったが、実をいうと自分は飲んだことはない。
ただ、飲んでくれた卒業生や友人はみんな元気に生き続けているので、死ぬことだけはなさそうだ。
図1.水田のニホンマムシ(五島市で撮影)

図2.道路上にいたニホンマムシ(新上五島町)

図3.河川敷にいたニホンマムシ(諫早市)

図4.平べったい頭(長崎市)

図5.マムシの血清

図6.周りの色と同化したニホンマムシ(雲仙市)

図7,ツシママムシ(対馬市)

図8.ススキの間にいたツシママムシ(対馬市)

図9.手作りのマムシ焼酎
