分布を拡大する「ヌマガエル」

 ヌマガエルは長崎県で最も普通に見られる小型のカエルである。

水田が主な生息場所だが、乾燥に強いため、畑地・草原・河川敷などのいろいろな場所で生活できる。

長崎県内のどこででも、茶色の小さなカエルを見たら、ほぼヌマガエルと思ってよいだろう。

そっくりの茶色のカエルにもう一種類、ツチガエルがいる。

サイズといい、色合いといい、見た目は、ほぼそっくりなので両種を識別することは難しいが、ツチガエルは水場から離れることができないので限定された場所にしかいない。

一番の識別点は捕まえてみること。

ぬるぬるした感じだったらヌマガエル、ざらざらしていたらツチガエルである。(ヌマガエルとツチガエル)

 

ヌマガエルの成体(平戸島で撮影)

 

ツチガエルの成体(五島福江島で撮影)



 ヌマガエルの体の特徴は、小型で茶色、白いお腹で触るとぬるぬるした感じ。

背中の中央に白い線が入る個体と入らない個体がいるが、別種ではない。

長崎北陽台高校に勤めていたころ、生物部でその割合が調べているが、地域によりその出現割合は異なっていた。

 

背中線のない個体(西彼杵郡長与町で撮影)

 

背中線のある個体(長崎市で撮影)

 

背中線のある個体とない個体が一緒にいる(長崎市で撮影)




初夏の繁殖期には、水田で「ビー ビー ビー」と一番大きな声で鳴きわめく。

長崎県内の平地の水田、6月の田植えのころ、うるさいぐらいに鳴いているのはニホンアマガエルとヌマガエルである。

他にツチガエルもいるが、平地の水田からは消えてしまったし、トノサマガエルの声を聞くことは奇跡といっていい状態。

カエルの声を文字であらわすのは難しいが、ニホンアマガエルは「ぐわっ ぐわっ ぐわっ」、ヌマガエルは「ビー ビー ビー」という感じ。

 

のどにある鳴のうを膨らませて鳴く雄個体(長崎市で撮影)

 

 

繁殖は、田植えの時期から真夏まで、結構長期間にわたる。

現在では、平地の水田で見る幼生も、成体と同様、ニホンアマガエルとヌマガエルの2種類だけだが、この2種の幼生を見分けることも難しいかもしれない。

水田では、中干しという田んぼの水を抜いてしまうということが行われるが、幼生期間が短いヌマガエルは平気なようで、何とか生き延びている。

最近、ニホンアマガエルも減り気味の傾向があるので、厳しい環境の水田で生き残れるのはヌマガエルだけになってしまうかもしれない。

 

水槽内で抱接するヌマガエル(長崎南高校生物室で撮影)

 

道路わきの水たまりにいるヌマガエルの幼生(雲仙市で撮影)

 

手足がはえた幼生、背中線が見える(長崎市で撮影)

 

 

 乾燥に強く、水中の幼生期間が短く、繁殖期が長いことなどから、長崎県のカエルでは一番タフといえる。

1989年(平成元年)諫早干拓事業が開始された。

そのころ、その場所には毎年のようにシチメンソウの紅葉を見に行っていた。

多少色が褪せているがその時の一枚もある。

 

諫早干拓前のシチメンソウの紅葉(1983年11月に撮影)

 


1997年(平成9年)4月、潮受け堤防の水門が閉じられ堤内の淡水化が始まった。

海だった場所が淡水化によりどんどん変化していった。

時々、淡水化されつつある干拓地に行った。

閉め切られたその年のこと、ヌマガエルがぴょんぴょんと飛び回っていた。

水辺には、まだ、トビハゼもぴょんぴょんと動きまわっている時である。

なんてタフなカエルだろうと感心したことをおぼえている。

諫早干拓の潮受け堤防が完成した後、一番に侵入したのはヌマガエルである。

カニ穴(?)にはヌマガエルが潜んでいた。

取り残された海水の混じった水場ではトビハゼと共にヌマガエルもいた。

トビハゼとヌマガエルのツーショットは私の自慢の写真の一枚になっている。

 

諫早干拓地内でカニ穴と思われる所に潜むヌマガエル(1997年に撮影)

 

諫早干拓地内でのヌマガエルとトビハゼのツーショット(1997年に撮影)

 

 

 ヌマガエルは南方系の種で南西諸島から九州・四国・本州中部以西と分布域は広く、長崎県でも離島を含めて広範囲に生息している。

県内に生息する19種の両生類の中で、圧倒的に分布域が広く個体数も多いので、最もポピュラーなカエルといえるだろう。

しかし、このカエル、ずっと昔からそうだったわけではない。

というのも、五島列島・壱岐・対馬は近年侵入したもので、私が調査した約50年の間に、島にいないカエルから島にいるカエルに代わっていくのを直接目の当たりにした。

多くの両生類が減少している中、分布を拡大しているのはヌマガエルぐらいなので、実に頼もしい。

ヌマガエルは、対馬には分布していなかったカエルである。

2001年に対馬の中央付近の美津島町の水田で発見されて以来、分布域をどんどん拡げている。

そのころ、「ヌマヌマ団」という対馬のヌマガエルの分布拡大状況を調べるための組織ができており、私も調査に何回か参加したことがある。

本当に、調査のたびに、分布域が拡大していくのである。

水田で作業中の農家の方に聞いてみると、「最近、茶色のカエルが多くなってきた。昔は赤っぽいのしかいなかったのに」という返事が印象に残っている。

 

対馬美津島町の水田にいたヌマガエル(2003年6月に撮影)

 


壱岐の島でも同様である。

私は1974年から5年間、壱岐高校に勤めており、島内の両生類調査をしていた。

報告書を書くとき、「ヌマガエルが壱岐にいないことが不思議だ」と書いている。

2003年、調査をしている時に、偶然、ヌマガエルを発見した。

びっくりして、島中の水田を調べたら、全島に広まっていた。

1989年の長崎県の生物発行時には記録されていない。

1994年の壱岐島動物目録編集時にも記録されていない。

2003年の発見時には島内一円に広がっていた。

この10年間に何が起こったのだろう。

 

壱岐島のヌマガエル(2003年5月に撮影)

 

 

五島福江島でも同様な経験をしている。

初めて福江島を調査した1982年ごろには島の中央付近で採集しているが全島的には確認できなかった。

その後は、島内一円に拡がっていった。

 仮説ではあるが、1980年ごろに五島列島福江島に、1990年ごろに壱岐に、2000年ごろに対馬に侵入したと考えている。

さらに考えると、県本土や平戸にも、昔侵入してきたかもしれない。

確実なのは、自分の目で観察した対馬と壱岐であり、五島福江島も島内数か所にしかいなかった個体が全島に広まっていくのを見ている。

もう一つ、感じたことがある。

対馬ではヌマガエルの侵入がすぐに農家の人に認知されたが、壱岐や福江島ではほとんどそのような話を聞けなかった。

それは、非常に形態や色彩の似ているツチガエルの存在があったからだと思う。

つまり、壱岐や福江島では、島民の知らないうちに置き換わっていったのではないかと思っている。

 

平野部の水田から多くのカエルが消えつつある。

その中で、ヌマガエルだけが頑張って個体数を維持している状況にある。

カエルは、多くの動物たちのエサとしても重要。

他のほとんどのカエルたちがいなくなる中、ヌマガエルには頑張ってもらいたい。