動物の分布を調べていると不思議なことがたくさんある。
鹿児島県付近にしかいないヤクヤモリの発見もそのうちの一つである。
九州本島と近くの島々には5種のヤモリの仲間が生息している。
そのうちの4種が長崎県に分布しているのだ。
長崎県のヤモリ類の調査を始めたのは1980年ごろからなので40年以上になる。
最初、長崎県に生息するヤモリはニホンヤモリだけと思って調査していたら、1986年、ニシヤモリ(学名はまだ付けられていない)を発見した。
その後の調査で、ニシヤモリは五島灘周辺の海岸域に広く分布することが分かってきた。
2種のヤモリの分布に興味を持ちながら、島嶼を中心に県内各地を調べていたら、2000年ごろ、この2種以外に、新上五島町の中通島とその周辺の島でミナミヤモリを見つけてしまった。
九州本島にいる5種のヤモリの仲間のうち、長崎県に3種もいることが分かると、島ごとのヤモリが気になりだした。この頃から、長崎県内のすべての有人島と多くの無人島に分布するヤモリを調べなければならないという想いが強くなり、だんだんと使命感と義務感になってきた。
ニホンヤモリ(長崎市高島で撮影)
ミナミヤモリ(新上五島町中通島の近くにある無人島相ノ島で撮影)
ニシヤモリ(平戸市にある沖ノ島で採集したものを撮影)
島の調査をしていた2008年9月20日のこと、長崎港沖(蚊焼という町の沖)に浮かぶ無人島「野島」を植物の研究家とともに訪れ、丸一日調査を行った。
野島(長崎市蚊焼沖に浮かぶ無人島)
私の目的はヤモリ一本である。
ヤモリの卵塊は見つかったが、ヤモリの成体は発見できなかった。
卵だけでは種の同定は難しいのでどうしても成体での確認が必要である。
島中の岩の隙間を懐中電灯で照らし、ヤモリを捜しまわったがどうしても発見できなかった。
昼間の成体確認は、懐中電灯で岩の隙間を照らし中に潜んでいるヤモリを追い出して採集するという方法をとっている。
ヤモリの卵塊はあるのでヤモリがいることは間違いない。
とうとう成体を見つけることができないまま、チャーターしていた帰りの船を砂浜で待っていた夕方のこと、その砂浜にある大きな岩に、ヤモリがいそうな隙間のあることが目についた。
上陸した場所なのになんで気づかなかったのだろうと思いまながら、持ってきたハンマーで岩をはがすと3匹のヤモリが張り付いていた。
その瞬間、あっという間に3匹とも捕まえ、ビニール袋の中へ。
自分でもビックルするような早業で、瞬発力のある自分を誇りに思ってしまった。
捕まえたヤモリを、じっくり見てみると、
「ニホンヤモリではない。ニシヤモリでもない。ミナミヤモリに似ているがちょっと違うような気もする。」という感じであった。
残念ながら、最初のヤクヤモリの写真は、その時には感動のあまり撮ることを忘れてしまい、生物室に持ち帰ってからのものである。
3匹とも当時勤務していた長崎北高生物室で飼育を行い、その年の11月に開催される日本爬虫両棲類学会に持ち込んで聞いてみることにした。
ヤクヤモリの卵塊(野島で撮影、岩の隙間に生みつけられている卵)
ヤクヤモリを発見した大きな岩(野島の上陸地点の岩)
最初に発見したヤクヤモリ(長崎北高生物室で撮影)
多くの口頭発表を聞きながらチャンスを待って、いよいよポスター発表の時間、近くにいた故千石正一先生に見ていただいた。
千石正一という爬虫類学者をご存じだろうか。
だいぶ前になるが、「どうぶつ奇想天外」というテレビ番組で超有名人となった方である。
私も密にあこがれていたので、どうせ聞くならこの人にと思ったのである。
千石先生は、長崎人の私が持ってきたヤモリということで、びっくりしたように「ヤクヤモリだよ。なんで松尾さんが」と、採集場所を聞いてこられた。
長崎の無人島ですと答えるとびっくりされていた。
ヤクヤモリがなぜ長崎にと話していると、周りにいたヤモリ仲間がどんどんと集まり、大きな話題となりヤモリ談議に話が弾んでいった。
ヤクヤモリ(野島で採集した個体を生物室で撮影)
その後の調査で、隣にある「黒島」と式見沖にある「神楽島」という無人島にも生息することが分かってきた。
黒島は2回目、神楽島は3日目の調査で、やっとヤクヤモリであることが確認できた。
同時に、長崎港付近にある有人島や無人島も徹底して調査したが、他の島ではすべてニホンヤモリであった。
3つの島に近い県本土側も徹底して調べてみたが、やはりニホンヤモリだけであった。
黒島(野島から撮影したすぐそばにある島)
ヤクヤモリの卵塊(黒島の海岸にある多いな岩の隙間で撮影)
神楽島(長崎市式見町沖にある無人島)
ヤクヤモリ(神楽島で捕獲し撮影)
なぜ長崎港沖の3つの無人島だけに鹿児島県付近だけに生息するヤクヤモリが分布しているのか不思議でたまらない。
鹿児島とは距離もかなり離れている。
人為的なものか、自然分布か、興味はつきず、ヤモリ界のことをいろいろと想像して楽しんでいた。
ここで、仮説を2つ紹介してみたい。
1つ目は自然分布説。
ずっと昔は九州の西海岸から南海岸まで広く分布していたが、何らかの理由により3つの島以外の長崎県や熊本県では絶滅してしまった。
現在では、鹿児島県南部と長崎の3つの島だけに取り残されている。
2つ目は人為分布説。
友人である歴史の専門家にこの話をすると、次のような仮説を考えてくれた。
ヤクヤモリは長崎には生息していなかったが、江戸時代に入り込んだという考えである。
長崎は出島を有し海外貿易が盛んであった。
当然、密輸の貿易もあったと考えると、薩摩藩の船が長崎港沖の無人島で荷物の積み下ろしをしていたはず。その時に紛れ込んだと考えてみるのも面白いのではないかという。
この考えは、野島や黒島の位置が長崎と野母崎の遠見番所の中間に位置し、番所からは盲点の場所にあることからもうなずけた。
そう思っていたら、その後、密貿易とは関係なさそうな別の場所にある神楽島からも発見してしまい、勝手に「お前はここにいるべきではないヤモリだ」と嘆いたことも覚えている。
なんにしても、自由に想像してみることは楽しいものである。
長崎市蚊焼奥に浮かぶ野島(左)と黒島(右)
ちなみに、ヤクヤモリは屋久島・種子島や九州南部に生息するヤモリの仲間で、1968年、屋久島で最初に発見され名前が付けられた。
タイプ標本は、屋久島である。
現在では、屋久島・種子島と鹿児島県や宮崎県の南部の海岸地帯での生息が確認されている。
2010年ごろまでにすべての有人島と気になる無人島をすべて調査し終えた。
全部で100島ぐらいにはなる。
1980年ごろからヤモリ調査を開始、思えば、莫大な時間と労力とお金を使っての調査であった。
でも、未知のことを調べる楽しさは、それらを大きく超えていたように感じる。
年を取ってくると昔のことはどんどん忘れてくるし、一か月前のことも定かではない。
昨日あったことも忘れている。
しかし、鮮明にその場の状況を覚えていることもある。
ヤクヤモリの件についても鮮明に残っている記憶の一つである。
無人島で採集したときの感動、学会で、故千石正一さんからヤクヤモリと聞いた時の驚きと喜び。
ヤクヤモリ(野島で捕獲後に撮影)
何が楽しくて調査しているのかと聞かれるが、こんな不思議なことに出会い、感動してしまうとやめられないというというのが本音である。
どの世界も没頭してみるとおもしろい。