男女群島だけの「ダンジョヒバカリ」

 1993年9月末、6日間の男女群島調査の旅に出かけた。

長崎県から依頼された調査で、10名程度の調査団の一員に加えていただいたのだ。

当時、長崎南高校に勤務していたが、県からの依頼なので、学校負担金なしという条件で出張許可を頂いた。

憧れの夢の島。

この島に行けば、ここだけに生息するダンジョヒバカリというヘビに出会えるのだ。

 

 男女群島は、五島福江島の南西海上に浮かぶ島で、福江島より約72Km、長崎半島の樺島灯台からは147Kmの東シナ海に浮かぶ絶海の孤島である。

多くの方々には、釣りのメッカとして知れ渡っており、実際に、岩場で釣りをされている人を何人も見た。

一番北に男島、それから南西方向に向かってクロキ島、寄島、ハナグリ島、女島と約15Kmにわたって散在している。

島自体が国の天然記念物に指定されており、立ち入りには環境省の許可が必要である。

多くの釣り客が押し寄せているが、釣る場所は海岸の岩場なので上陸にならず、許可は必要ないのだろう、と思う。

 

女島よりほかの4島を撮影(左側は女島の一部、一番右の平らな島が男島)

 

男女群島の場所と5つの島の配置

 


 宿泊は、女島にある女島灯台の作業する人のための宿泊施設であった。

現在は無人の灯台であるが、当時は3人の灯台守が常駐されていた。

だから、施設があり借りることが可能で利用させてもらったが、今では無理に違いない。

風呂の設備はなかったので、この1週間は風呂には入らなかったが全く気にならなかった。

自炊(同行された県の方にすべて準備してもらった)をしながらの6日間、楽しかった。

仕事のことや家族のことを思い出す暇もなかった。

朝起きて朝食をとり、作っていただいた弁当を持って、夕方まで自由に島中を歩き回るのである。

調査員の専門はそれぞれ異なるので、ほとんどの場合単独行動。

今考えると至福のひと時だったなと思う。

 

女島灯台にて

 


絶海の孤島「男女群島」には、この島だけに生息する「ダンジョヒバカリ」という珍しいヘビがいる。

日本中の爬虫類愛好家が一度は見てみたいと夢見るほどのヘビである。

全長30cm程度の小型のヘビで、ミミズなどを捕食しているらしいが、詳しい生態は分かっていない。

これは、島自体が国指定の天然記念物なので簡単に上陸できないこと、さらに、高速船でも3時間はかかるほど遠いということで、簡単に調査研究ができないからであろう。

宿泊していた女島にはダンジョヒバカリはいないので、生息する男島への一泊二日の調査が実施された。

真浦と呼ばれている場所に上陸し、そこから崖を登り、島内調査。

 

真浦から上陸して崖を登った男島の森林内



調査を開始してすぐのこと、一本の倒木があった。

それを持ち上げてみると、なんと1匹のダンジョヒバカリが。

初対面である。私はあわてふためいたが、ヘビの方は逃げようともせず、ジーと私の方を見ていた。

感動のあまり、優しく捕獲し記念撮影。

その後も石の下や倒木の下で何匹も確認することができた。

 

ダンジョヒバカリのいた倒木と捕まえて喜びいっぱいの私

 

初めて見たダンジョヒバカリ



午後、登ってきた崖を降り、宿営予定地の千人塚へ。

ここで一泊。といっても、岩の上で眠るだけ。

この場所は緩やかな崖に大小さまざまな石が転がっていた。

多くの石の下で何匹ものダンジョヒバカリを確認したので、男島の個体数はかなり多いように感じた。

 

千人塚の崖地で石をはぐりダンジョヒバカリを捜しているところ

 

石の下にいたダンジョヒバカリ(いろいろなサイズの個体を発見した)



 ダンジョヒバカリは、最初、対馬を除く県内各地に広く分布するヒバカリとして発表された。

途中で、中国大陸にいるザウテルヘビという名前になったが、現在では、ヒバカリの固有亜種ダンジョヒバカリと呼ばれている。

この名称は、1986年に日本蛇族研究所の故鳥羽通久氏が記載したものである。

生前、鳥羽氏と話した際、ダンジョヒバカリについて次のように話されていた。

「一応、亜種として記載したが独立した種としてもいいかもしれない。ただ、標本が少なく調査が進んでいないので、今のところ亜種にしておくが、今後の研究により独立種になる可能性が高い」と。

今後の調査研究が楽しみである。

 

千人塚付近で発見したダンジョヒバカリ


 ヒバカリ類は、非常におとなしく、手にのせてもかむことはない。

しかし、名前の由来は、「かまれたらその日ばかりの命」ということらしい。

どこから、この名前が付けられたのかは分からないが、日本(南西諸島を除く)の毒蛇はニホンマムシとヤマカガシだけ。

小さなおとなしいこのヘビに、なぜ、ヒバカリという恐ろしい名前が付けられたのか不思議でたまらない。

男女群島のダンジョヒバカリも、県本土のヒバカリ同様に非常におとなしく噛みつこうともしない。

 

県本土に生息するヒバカリ

 

ヒバカリの幼体を指に絡ませているところ



 数年前、長崎南高校の同窓会に行ったとき、一人の教え子が次のように話してくれた。

当時、3年生で受験勉強に励んでいたのに、私たち受験生を放り出して、先生は男女群島に行かれた。

行く前も、行った後も、その話を楽しそうに話していた。

それが一番印象に残っているとのことだった。

一生懸命、受験指導もしたのに、私のことで覚えているのは楽しそうに笑顔で話すその事だけだったようだ。

 

男女群島女島の岩場での記念撮影(背景も女島の一部)