アオガエルという名前、いいなと思う。
「ミドリガエル」ではなく「アオガエル」。
緑色に青という言葉を使うことが多い。
信号の色は赤と黄色と緑なのに、緑のことを青信号という。
考えてみると、緑なのに青虫、緑なのに青汁、緑色なのに青葉・・・・と挙げればきりがない。
NHKの「チコちゃんに叱られる」では、「新聞が青と報じてしまったから」と紹介されていたが、歴史的なものらしい。
気になる方は調べてみたらいかがだろう。
シュレーゲルアオガエル(シュレーゲルアオ)という名前には、「日本のカエルですか?」というという反応が多い。
シュレーゲルアオガエル(壱岐市で夜間に撮影)

この洋風の名前を持つカエルは、全身が緑色でアマガエルによく似た形や色をしている。
吸盤を持ち、樹上生活中心で、地上で見られるのは初春の産卵期ぐらいである。
江戸時代、長崎で活躍したシーボルトは、多くのカエルの標本もヨーロッパに持ち帰った。
それらの標本をもとに日本のカエルに名前をつけ、「ファウナヤポニカ」という図鑑で世界に紹介したのがシュレーゲルという名前の動物学者である。
つまり、シュレーゲルアオガエルとは、彼の名前がつけられた日本のアオガエルということになる。
約200年前に作られたファウナヤポニカ(日本動物誌)

ファウナヤポニカの中のカエルの図版

シュレーゲルアオは、北海道を除く日本全域に分布する日本の固有種で、長崎県でも対馬を除く県下全域に広く分布している。
「カッ カッ カッ」や「コロッ コロッ コロッ」と聞こえる澄み切った甲高い鳴き声は遠くまで響き渡る。
映画の世界でも農村の風情を出す効果音として、このカエルの声がよく使われている。
時代劇の世界において、のどかな農村風景には欠かせないカエルの声、このシュレーゲルアオの声が一番ぴったりと思う。
きっと、キャストの中にカエルの専門家でもいるのだろう。
甲高い声で鳴いているシュレーゲルアオ(西彼杵郡長与町で撮影)

シュレーゲルアオの一年は、初春の美しい甲高い鳴き声から始まる。
私はこの声を聞くと春がきたなと思う。
いろいろな場所で鳴き声が聞こえるが、どこにいるのかを捜してみても見つけることはほぼ不可能であろう。
なぜなら、土の中、石の下、草の下など人目につかないところで鳴いているからだ。
どうしても鳴いている姿が見たいなら、夜の観察を勧める。
多くのカエルと同じで、夜は天敵があまりいないので、普通にあぜ道で鳴いている姿を見ることができる。
草陰に隠れて鳴いているシュレーゲルアオ(壱岐市で撮影)

雌がやって来ると、雄が雌の上に乗っかって(抱接という)産卵が始まる。
抱接中のシュレーゲルアオ(上が雄、長崎市で撮影)

産卵は土の中のくぼんだ場所や隙間などの表面からは見えない場所で行われることが多い。
卵塊は特殊で、握りこぶし台の白い泡状である。
水田に産卵されたシュレーゲルアオの卵塊(佐世保市で撮影)

山中の広場の側溝に産卵されたシュレーゲルアオの卵塊(長崎市で撮影)

卵やふ化したての幼生は、泡の中で守られているが、やがて泡が溶け出し、中の幼生は水中に入っていく。
一卵塊に何個卵が入っているかを数えたことがあるが、458卵であった。
幼生は水中で育ち、5月以降の初夏にかけて変態し、やがて上陸していく。
シュレーゲルアオの幼生(五島市で撮影)

変態したばかりのシュレーゲルアオの幼体(研究室で飼育)

緑色のカエルはすべてアマガエルと思っている人も多いが、場所によってはシュレーゲルアオの方が多く、意外と身近なカエルの一種である。
両者を見分けるには目の前後を見るとよい。
目の前後に不規則な茶色のラインがあったらアマガエル、目の周りが緑一色だったらシュレーゲルアオである。
緑色のカエルを見つけたら、目の周りで確認してみよう。
ニホンアマガエルの成体(長崎市で撮影):目の前後の茶色に注目

シュレーゲルアオの成体(壱岐市で撮影):目の前後も緑色一色

本物そっくりのフィギアでの比較(左がシュレーゲルアオ、右がニホンアマガエル)

私は現在、長崎女子短大の幼児教育科に勤務しており、毎年、ゼミ生の指導も担当している。
若い女性の大半は生き物が苦手で、好きな動物といえば犬や猫のペット動物である。
しかし、保育の現場に行けばたくさんの生きもの好きの園児たちが待っている。
せめて、自分のゼミ生ぐらいは、生きものを通して園児と関わってもらいたいと思い、動物とのふれあいを経験してもらっている。
その中でも、シュレーゲルアオのオタマジャクシの飼育は毎年の恒例行事である。
まず、野外で卵塊を採集する。
卵塊から出てきたばかりのオタマジャクシをカエルになるまで育てるのである。
一人当たり4匹ぐらい。
同時に、成長のようすを記録していく。
水替えやエサやりを毎日行い、変態して幼体になるまでの飼育経験である。
そして、最後には、変態した幼体を自然に返すという学び。
オタマジャクシを飼育することの楽しさや難しさ、手や足がはえてくるときの不思議さなどを自ら体験しておけば、きっと保育現場で生きてくると思う。
卒業生の中には園の生きもの担当になっている者もおり、嬉しい限りである。
研究室前の廊下で飼育中(令和7年度はゼミ生4人)

飼育中のシュレーゲルアオのオタマジャクシ(エサは湯がいたホウレンソウ)

変態したシュレーゲルアオの幼体

幼体放流中(令和6年度ゼミ生:長崎女子短大構内で餌のアブラムシの多い草地に放流)

黄色いシュレーゲルアオを飼育したことがある。
1994年のことだから、30年ほど前の長崎南高にいたころになる。
ある日、学校の方に、黄色いカエル発見の連絡を頂いた。
カエル先生という私の名前を知っての連絡だった。
見に行くと、立派な雌のシュレーゲルアオガエルである。
何でも、民家の改築工事中に発見したとのこと。
膨らんだお腹には多くの卵が透けて見えた。
早速、元気そうな雄を採集し、水槽内での産卵を促してみた。
抱接まではするのだが、なぜか成功しなかった。
シュレーゲルアオガエルの黄色変異体(突然変異で出現)

緑色の雄と抱接させ産卵を試みているところ

飼育していた黄色いシュレーゲルアオは、当時、全国紙も含めて多くの新聞に「黄金ガエル」ということで紹介された。
新聞記事を読んだ高校時代の友人から、「あの松尾はお前か」という連絡を何件も受けた。
新聞に載るということはすごいことだなと実感したことを覚えている。
この黄金ガエルは、生物室の人気者として生き続け、2002年に他界した。
成体で私の所に来てから8年、それまでを考えると、10年以上も生き続けたことになる。
最後の姿は、生物室の水槽の中で、生きている時のポーズのままであった。
自然界にいたら、あの目立つ姿ではそう長くは生きられないだろうから、私の所に来てよかったのかなと思うことにしている。