今回は森の妖精「ヤマネ」について書いてみたい。
長崎のヤマネについては、かなりの時間をかけて調査したので、調査の過程と長崎のヤマネで分かったことを紹介したいと思う。
なお、この調査は、県自然保護課の許可のもとに実施したことを言っておきたい。
ヤマネ(許可のもと自宅で飼育中の写真)

ヤマネという動物名を聞いたことがあるだろうか。
ヤマネは国の天然記念物で、北海道を除く日本各地に生息し、長崎県では多良山系だけで確認されている。
全長10cmぐらいで、その半分はしっぽが占める。
イメージとしては、小さなジャンガリアンハムスターにリスのしっぽをつけた感じだろうか。
背中の中央にある黒く太い線と目の周りの黒いアイラインが特徴で、実に愛くるしい姿をしている。
樹上生活で夜だけに活動する小型のヤマネは、自然界で実際に目撃することのできない動物といえよう。
ヤマネには、次の3つの特徴がある。
1つ目は哺乳類でありながら、冬季には飲まず食わずで何ヵ月も冬眠する。
2つ目は1属1種の動物で、近縁の仲間が世界中のどこにもいない珍しい動物である。
3つ目は北海道には生息していないことから生物分布上重要なブラキストン線の有力 な裏付けになっている。
巣箱から顔を出すヤマネ(入口は500円玉ぐらい、許可のもと自宅で飼育中の写真)

私は、長崎県轟の滝付近で1993年から2014年までの約20年間ヤマネ調査を実施した。
この調査は3期に分けて実施している。
一次調査は、ヤマネが現在も生息しているかどうかの予備調査。
二次調査は、約150個の巣箱を設置し、月1回の利用状況調査。
三次調査は、巣箱1個の前に自動撮影カメラを設置しての2年半にわたるカメラ調査である。
一次調査(1993年8月~1997年1月)
長崎県の多良山系にヤマネが生息することは文献などから知っていた。
でも、一生見ることはないだろうなと思っていた。
過去の文献は、冬眠中の個体が偶然見つかったか伐採中の木から偶然出てきたものが捕獲されたという記録であった。
こんなヤマネの調査を実施することになったのは偶然のことである。
1993年8月9日、ヤマネ研究家の湊秋作氏を多良岳に案内した。
長崎北陽台高校時代の教え子からの依頼であった。
多良岳の金泉寺に案内したとき、「ヤマネのかじり跡」や「ヤマネの糞」の痕跡などから現在もヤマネが生息していることが確認され、その場で巣箱調査の実施が決定した。
1994年2月26日、調査用の巣箱100個を金泉寺周辺や轟の滝付近に設置し、巣箱調査を開始した。
巣箱調査というのは、設置した巣箱の中を定期的に調べ、ヤマネが利用したかどうかを見て回る方法である。
設置した調査用巣箱(高さは適当に調査しやすい高さ)

巣箱調査のようす(我が子2人で調査中)

1995年からは轟の滝周辺だけを調査地に決め、約150個の巣箱を新しく設置し、不定期に観察した。
すると、1996年10月26日、巣箱の1つにヤマネの親子が入っていた。
本当にヤマネが生息していたのである。
初めて見る親子のヤマネは、迷惑そうにこちらを見上げる母親と母親の下に潜り込む4匹の子供であった。
実在するとは思っていたが、本当にその姿を目の前にすると、びっくりしてしまい足ががくがく震えてしまった。
早速、教え子らを中心に10名程度でヤマネ研究会を設立し、本格的な調査を実施することにした。
感動の初めて見たヤマネの親子(左が親、右が子供)

二次調査(1997年2月~2000年2月)
轟の滝周辺に約150個の巣箱を設置し、月1回の巣箱調査が始まった。
巣箱の中にどんな動物が入っているかの調査である。
調査は、松尾家家族を中心に長崎ヤマネ研究会の10名のメンバーが実施した。
月1回の調査後には長崎ヤマネ研究会会報をだし、翌月の調査日を伝えて、来ることのできる人だけ参加してもらった。
長崎ヤマネ研究会会報の第1号(半分だけ)

松尾家の3人の我が子にはマグドナルドのハンバーガーという条件で毎回参加してもらい、十分な戦力になった。
多い時には10人程度の参加があり1時間程度で終了したが、松尾家家族だけの時は5時間ぐらいかかったことを覚えている。
月1回、3年間の継続調査で次のようなことが分かってきた。
- 調査地点付近にはヤマネが生息している。
- 調査地点付近のヤマネの繁殖期は9~10月である。
- 産子数は1回につき4~5匹である。
- 巣材としては樹上性のコケ類やキダチニンドウの樹皮を使用している。
- 巣箱を利用する動物は、ヤマネの他にヒメネズミ、シジュウカラ・ヤマガラ、ヒメスズメバチ主であり、利用時期は毎年同じ傾向にある。
森の中のヤマネ(捕獲していた個体を森に逃がしたときに撮影)

巣箱の中のヒメネズミ

巣箱の中で抱卵中のシジュウカラ

巣箱の中の雛にエサを運ぶヤマガラ

巣箱の中に巣を作ったヒメスズメバチ

三次調査(2011年10月~2014年3月)
二次調査を終えて、ヤマネ調査の定期調査は終了とし、その後は不定期調査とした。
長崎ヤマネ研究会としての調査は報告書の作成を持って終了し、後は個人としての不定期調査になった。
2011年になったころ、いつもヤマネの痕跡がある1本の木の巣箱の前に体温を感知してシャッターがおりる自動撮影カメラを設置してみた。
巣箱と自動撮影カメラ

数日後にUSBメモリーを見てみると、何枚ものヤマネの姿が写っていた。
早速、三次調査を実施することにした。
1個の巣箱に1個のカメラだけの調査である。
電池交換は月1回程度でよいと分かったので、月1回の電池とUSBメモリーの交換という非常に簡単な調査である。
期間は第二期と同じ3年間とし、一人の調査を始めた。
約2年半の調査期間中の撮影枚数は5117枚で、野生動物の撮影枚数は2896枚であった。
その内訳は、鳥類が1551枚(53.6%)、ヤマネが1228枚(42.2%)、ヤマネ以外の哺乳類が37枚(1.2%)無脊椎動物が34枚(1.2%)、その他46枚(1.6%)であった。
この三次調査の結果、次のような結論を得ることができた。
- 多良岳轟の滝付近(標高400m)の冬眠期間は、約2~3ヵ月である。
- 日平均気温5℃以下で冬眠する。
- ヤマネは日の入りと同時に活動を開始し日の出とともに活動を止める。
巣箱の入り口で休憩中のヤマネ

巣箱の中から出ていくヤマネ

巣箱の上でカメラのフラッシュに驚くヤマネ

約20年間にわたるヤマネ調査を終了して10年になる。
今でも、時々、轟の森を訪れては木の上を走り回るヤマネの姿を想像している。
ヤマネ調査を実施した轟の森

諫早にある国立諫早青少年自然の家には私たちが調べた長崎のヤマネのコーナーがある。
25年ほど前に作成したヤマネのコーナーであるが、2021年に大幅にリニューアルしてもらった。
施設を利用された人は見たことがあると思うがどうだろうか。
国立諫早青少年自然の家のヤマネコーナー(2021年に撮影したリニュアル後の展示)

国立諫早青少年自然の家のヤマネ紹介台(25年ほど前に作成したコーナー)
中央のモニターではKTN作成の私が出ているヤマネの番組が見れたのだが

振り返ってみると、楽しい調査であり、多くの新しい知見を得ることができた。
さらに、新聞の一面で紹介され大きなニュースになった。
また、調査地付近の県道の工事を中断させ多くの人に迷惑もかけた。
轟の森がいつまでもヤマネが棲み続けることのできる森であって欲しいと願う。