身近にいる「カスミサンショウウオ」その3

 カスミサンショウウオ(以下カスミ)は長崎県内各地に広く分布しており決して珍しい種ではない。

卵塊調査を実施すると県内各地の山際の水場ではかなりの確率で確認ができた。

しかし、普通に見られたカスミは、今では少しずつ減少しており、環境省、長崎県、長崎市・佐世保市で絶滅危惧種に指定されるほどになった。

さらに、捕獲採集が条件付きで禁止される特定第二種にも指定されるようになった。

 

カスミサンショウウオ(2019年3月、長崎市で撮影)

 

 

 カスミサンショウウオという和名を誰がつけたかは分からないが、学名の記載者ははっきりしている。

カスミの学名は次のとおりである。

Hynobius nebulosus (Temminck et Schlegel,1838) 。

つまり、テミンクとシュレーゲルが、シーボルトが持ち帰った標本をもとに1838年に記載したことになる。

 フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトは、オランダの商館医として、1823年8月11日長崎の出島にやってきた。

滞在した6年の間に日本について研究し、日本の多くの動植物の標本をオランダに送り続け、それが今でもオランダのライデン博物館等に大事に保管されている。

 

ライデン博物館に収蔵してあるカスミサンショウウオの標本

 


 シーボルトがいた場所は出島が中心だが、鳴滝塾でも活動している。

その場所は現在ではシーボルト記念館が建っており、シーボルトについての詳しい展示がなされている。

鳴滝塾は出島から直線距離で約2Kmの烽火山の麓の場所にあり、周りには金比羅山、帆場岳(三山)、英彦山などの山々が連なっている。

 

出島の中にあるミニチュアの出島

 

シーボルト記念館

 

シーボルト宅跡(シーボルト記念館の隣)

 

シーボルトの胸像(シーボルト記念館)



 シーボルトの標本を基にシュレーゲルが書いたファウナヤポニカ(日本動物誌)の両生爬虫類の項目には、両生類11種(サンショウウオ5種、カエル類6種)が記載されているが、産地を書いてあるのはカスミだけである。

私は、その復刻版をコピーし読んでみようと試みたが、当時の公用語であるフランス語で書かれており全く読むことができなかった。

フランス語を勉強している英語圏の外国人に訳してもらおうとしたが、現在のフランス語(日本の古典に当たる古語)にはない単語もありとても難しいと拒否されてしまった。

仕方がないので、ローマ字表記された地名をさがしてみたが、ほとんど採集地名は書かれていないことが分かった。

当時世界の中心であったヨーロッパから見れば、遠い小さな日本は日本ということでよかったのかなと思えてならない。

 

ファウナヤポニカ(日本動物誌)の表紙

 

ファウナヤポニカ中のカエル類


ファウナヤポニカ中のカスミサンショウウオ(一番左の図)



 カスミの説明文の中に下図のような場所があり、採集場所として三山(みつやま)や烽火山(ほうかさん)が書いてある。

文章の下から5行目と3行目である。

これらは、長崎人には有名な山で誰もが知っており、シーボルトの鳴滝塾から最も近い場所にある。

この理由について次のようには考えられないだろうか。

もしかしたら、多くの動物標本は弟子たちが持ってきたもので産地は何も書かなかったのではないか。

しかし、カスミだけは自分が直接観察採集したので、採集場所をきちんと記録したのではないか。

カスミはシーボルトにとって思い出に残る動物ではないか、と。

 

ファウナヤポニカ中のカスミサンショウウオの説明文の一部

 

 そこで、シーボルトが見たであろうカスミを求めて、鳴滝塾付近を調査したことがある。

江戸時代の鳴滝付近は、長崎の中心街からは遠く田畑が多かったと思われるが、私が調査した1998年3月12日の記録を見ると、「河川沿いに水田はなく、人家が立ち並び、山腹には家庭菜園のような畑がたくさんある。そこの小さな小川や小さなため池で多くの卵塊や幼生を確認した」とある。

写真が残っていないのが残念でたまらない。

長崎は1982年7月23日の長崎大水害で甚大な被害を受け、鳴滝地区も土砂崩れにより多くの死傷者が出た。

河川は三面張りとなりコンクリートで固める整備ではあったが、まだ、水場のある自然は残っている感じであった。

しかし、2018年12月22日、20年ぶりに訪れると、畑はなくなり、宅地化が進み、さらに、その家が放棄されて、カスミの産卵できそうな水場もほとんど見つけられなかった。

シーボルトが見たであろうカスミの直系の子孫をどうしても見たくなり、鳴滝塾跡(シーボルト記念館)周辺地域を数回にわたり歩き回ったが発見することはできなかった。

下図は歩き回った鳴滝塾付近から烽火山を撮影した鳴滝の町の風景である。

ちなみに、右下の付近にシーボルト記念会がある。

 

鳴滝の町(右下にシーボルト記念館がある、正面奥が烽火山)

 


 そんな中、2019年3月30日、約1km離れた烽火山の麓でやっと卵塊を発見することができた。

山腹に造成された公園脇の三面張りの水路の窪地である。

これこそ、鳴滝塾のすぐ側ではないが、200年前の直系の子孫に違いないと一人で喜びに浸った。

そして、翌年の2020年1月11日、そこに集まっているカスミの成体を発見することができた。

この場所は毎年のように観察に行っているが、今年も卵塊を確認することができた。

命をつなぐわずかな汚い水場であるが、何としてもこの場所で世代を続けてほしいと願っている。

 

カスミサンショウウオの卵塊(2019年3月、シーボルト記念館近くの水路)

 

カスミサンショウウオ(2020年1月、シーボルト記念館近くの水路)

 

カスミサンショウウオを確認した水路(2020年1月、シーボルト記念館近くの水路)