ヒキガエルの上陸

 5月の連休を過ぎると毎年楽しみな光景が見られる。

ニホンヒキガエル(ヒキガエル)の幼体の上陸である。

一般の方からも、「4月頃、近くの池に真っ黒いオタマジャクシがうようよ泳いでいるのを発見し、時々楽しんで見学に行っていた。ところが、5月初旬に行ってみたら一匹もいなかった。

まるで神隠しのように不思議な気がした。」という質問を受けたこともある。

 

 ニホンヒキガエル(研究室で飼育している2代目ヒキ太郎)

 

ヒキガエルのオタマジャクシ(2014年3月、長崎市あぐりの丘せ撮影)



 ヒキガエルは、2月ごろに山際の池や湿地に集まって産卵する。

寒い冬の暖かい雨の日、多くの個体が一カ所に集中し産卵する。

いわゆる「かわず合戦」である。

産卵された卵塊中の卵は、やがてふ化し、多くの幼生が池中を泳ぎ回る。

3月ごろから約2ヶ月間、オタマジャクシとして池の中で成長していく。

もし、春先に池の中を泳ぐ真っ黒いオタマジャクシを見たら、ヒキガエルと思ってよい。

 

1匹の雌に群がる雄たち(2020年1月、あぐりの丘で撮影(かわず合戦))

 

ヒキガエルの卵塊(2006年1月、長崎市相川湿地で撮影)

 

ヒキガエルのオタマジャクシ(2026年3月、長与町で撮影)

 

 

 真っ黒いオタマジャクシが、5月の連休の頃、池から1匹もいなくなる。

理由は、変態(オタマジャクシからカエルに変化する)した幼体(体長8mm程度)が一斉に水中から上陸し森に向かったからである。

数千数万の個体がほぼ同時に上陸するので、上陸後の池には一匹の幼生幼体もいなくなり、キツネにつままれた感じになる。

上陸した幼体に遭遇することがないのは、上陸が雨の日に決行されるため。

押し合いへし合いの楽しい風景を目撃できる人はほとんどいないのである。

 

 私の勤務する長崎女子短大でのヒキガエルのようすを紹介したいと思う。

短大の中庭にある池に、毎年ヒキガエルが産卵にやってくる。

親の数でいうと毎年20~30匹ぐらい。

以前、1匹の雌が産卵する卵の数を数えたことがあり、5匹分の平均が約8000個であった。

つまり、1匹の雌が約8000の卵を産むからオタマジャクシの数も8000匹となる。

女子短の池の卵塊を正確に数えたわけではないが、だいたい5匹ぐらいが産卵していたので、約4万個の卵、そしてオタマジャクシである。

残念ながら、近頃は産卵数も減少し幼生の数が減ってきている。

7年ほど前までは池を覆いつくすほどの個体数だったのに。

2026年の今年は、数千という感じである。

毎年、2月ごろに産卵し、5月の連休ぐらいまでオタマジャクシとして成長し、連休後に上陸していく。

 

ヒキガエルの産卵する長崎女子短大の池

 

短大の池に集まったヒキガエルの雄(2026年2月、長崎市長崎女子短大で撮影)

 

ヒキガエルのオタマジャクシ(2026年5月4日、長崎市長崎女子短大で撮影)



 2012年から2017年までの写真で、上陸のようすを紹介したい。

年度により上陸日が異なるので、撮影日の違いは大目に見て欲しい。

2012年5月10日、多くの変態したヒキガエルの幼体が水際の岩に集まり上陸の準備をしている。

幼体の大きさは1cmにも満たない。

私の手のひらに乗せた幼体を見れば小ささが分かるはず。

すぐに上陸しないのは雨が降るのを待っているため。

なぜなら、晴れた日に上陸すると山にたどり着く前に干からびて死んでしまうから。

とにかく、ひたすら雨を待っているのである。

この年は、なかなか雨が降らず、何日も何日も池の中の水際で待機していた。

そして、待望の雨の日、一斉に上陸し山を目指した。

実に圧巻である。

 

水際に集まったヒキガエルの幼体(2012年5月10日、長崎女子短大で撮影)

 

水際に集まったヒキガエルの幼体(2012年5月13日、長崎女子短大で撮影)

 

ヒキガエルの幼体(2016年5月6日、長崎女子短大で撮影)

 

上陸したヒキガエルの幼体(2019年5月19日、長崎女子短大で撮影)



 長崎女子短大の池はほぼ三方を校舎に囲まれている。

もう一方も野外ステージがあり、上陸しても周囲の山にたどり着くのは大変難しい状況にある。

成体の親は狭い通路を通り池に向かうことができるが、幼体たちのほとんどは校舎や壁に阻まれ、山にたどり着くことなく死んでしまう。

運よく、山にたどり着ける方に進んだ個体だけが生き残れるのである。

 

池の三方を校舎に囲まれた池

 

校舎の通路を歩くヒキガエルの幼体(2017年5月12日、長崎女子短大で撮影)

 

 

 上陸日と短大の講義が重なると悲惨な現状も起こってしまう。

学生たちの悲鳴とともに踏みつぶされるのである。

ヒキガエルの幼体が山へと向かう通路は学生たちが最も通る通路でもある。

上陸日と講義のある日が重なると短大は修羅場となってしまう。

この時期になると、休日の雨を祈ってしまう。

自力で山にたどり着くことが望ましいことではあるが、あまりに被害が大きいため、暇な私や私のゼミ生を中心に、ヒキガエル救出作戦を実施していた。

山に入る前に天気が良くなると、乾燥した場所では干からびて死んでしまうからである。

救出は急がないといけない。

校舎付近で立ち往生している個体、幼体の向かっている方向に山への通り道はない個体、学生により踏みつぶされそうな個体などなどを拾い集めて山に放す作業である。

ただ、最近は上陸個体数が減ったので救出作戦は実施していない。

 

学生に踏みつぶされたヒキガエルの幼体(2017年5月13日、長崎女子短大で撮影)

 

ヒキガエルの幼体を救出中(2016年5月6日、長崎女子短大で撮影)

 

救出したヒキガエルの幼体(2016年5月6日、長崎女子短大で撮影)

 

放流前のヒキガエルの幼体(2017年5月13日、長崎女子短大で撮影)

 

放流後のヒキガエルの幼体たち(2017年5月13日、長崎女子短大で撮影)

 


 今年も長崎女子短大の中庭の池にはヒキガエルが産卵に来てくれた。

オタマジャクシも元気に泳いでいる。2026年5月4日現在、まだ手足は出てきていない。

今年のヒキガエルの上陸は少し遅くなりそうである。

以前に比べて個体数が減ったとはいえ、いろいろな困難を乗り越え、長崎女子短ヒキガエルはまだまだ健在である。

 

 いつの日か、構内に女子学生の黄色い悲鳴が沸き上がり救出作戦をやらざるを得ない状況に復活してくれることを願っている。