ニシヤモリの話 その2

 ニシヤモリ(その1)でニシヤモリの和名発表までのいきさつを書いてみた。

今回は、ニシヤモリ調査でお世話になった先生方を紹介したい。

ただ、6名とも一緒に写った写真がないので、関連するヤモリ類で代用したいと思う。

この傾向は我々にはありがちなこと。

撮影するのは野生の動物ばかりで、人間は撮影の対象にはならないのである。

 

 私は教育学部の学部卒なので論文を書いたこともないし研究をしたこともない。

大学4年生の時、卒論も一応は書いたけど、自分で考えた内容ではなく先生の教えに従ってのものであった。

大学院に行って研究者になる気もなかったのでそれでよかったのである。

高校の生物教諭として勤めた時、授業の話題作りのために動物調査を始め、それが現在も継続しているというのが本当の所。

ただ、ニシヤモリの調査はお世話になった先生方の教えを受けながら約40年以上継続している。

先ほども述べたように一高校生物教諭だったので、DNA分析や統計処理による分析はできないし、日本全域や大陸との比較もできない。

英語の文章は書くことはできないし読むことも難しい。

私にできることは、長崎県の分布調査ぐらいである。

自分のやれることを追求し、広い視野で研究する研究者に提供していく。

それも面白い調査研究の目的の一つであると思っている。

長崎県は海の部分も含めると九州程度の広さになるし、日本一の島嶼数をかかえている。

40年以上も継続しているのは、本業重視片手間の調査だから仕方のないことである。

そして、今から紹介していく先生方のヤモリ研究の手助けになればと思っている。

 

 ニシヤモリに関してかかわりを持たせていただいた主な人は全部で6名である。

出会いの古い順に紹介していくが、今でも、全員とかかわりを持たせていただいていることが幸せでたまらない。

 まずは、その1でも紹介させていただいた柴田先生。

30代のころ、柴田先生のおかげでヤモリ調査の虜になってしまった。

ニシヤモリという和名を発表できた。

ヤモリのことを全く知らなかった時代からヤモリのことを教えていただいた。

何より、私のカエルの恩師である倉本満先生と旧知の間柄というのも嬉しかった。

 

ニシヤモリについて初めて発表した時に使った写真(1986年8月、新上五島町で撮影)

 

 30代後半に知り合ったのが、2番目の太田先生である。

日本爬虫両棲類学会の重鎮として活動されており、ヤモリ類に関する多くの知見を教えていただいた。

長崎の現地を2度ほど案内させていただいた。

今でも覚えているのは、1988年ごろに長崎半島を案内したときのことである。

何カ所もの海岸の岩のすき間にへばりつき、ヤモリを確認・採集されていた。

その採集能力の高さにびっくりしたことを覚えている。

もう一度は、松浦市でのオキナワキノボリトカゲの調査である。

これまた、樹上のオキナワキノボリトカゲ採集の妙技に感嘆したものだ。

その際、平戸市の北端にあるオイトク島や沖ノ島でニシヤモリの生息場所を案内した。

車中でのいろいろな会話は私の財産となっている。

 

太田さんが採集したオキナワキノボリトカゲ(2019年7月、松浦市で撮影)

 

太田さんを案内した平戸市沖ノ島(2023年1月、平戸市で撮影)



 40代のころ、3番目に知り合ったのが戸田さんである。

現職のヤモリ専門家であり、現在では、ヤモリの関する疑問についてはすべて彼に頼っている。

一番の思い出は、私が長崎南高に勤務していた時、突然の学校への訪問である。

九州を調査中に長崎のニシヤモリも見てみようとなったということで、アポなしでの突然の訪問。

びっくりしたと同時にその行動力のすばらしさに驚嘆した。

平島へのミナミヤモリの調査にも同行した。

ヤクヤモリの調査で野島の砂浜にテントを張っての一泊も面白かった。

オキナワキノボリトカゲの調査では、私が全く見つけられないのに何頭も確認していた。

数えればきりがないほどである。

 

ミナミヤモリの生息する平島(2021年10月に撮影)

 

ミナミヤモリの成体(2000年8月、西海市平島で撮影)

 

ミナミヤモリの卵塊(2000年8月、西海市平島で撮影)

 

 50代後半のころ、4番目に長崎を案内したのが城野さんである。

彼が大学院時代のころ、長崎にニシヤモリの採集のために来られた。

私のよく知るフィールドに案内し研究用の採集をお手伝いした。

平戸にも案内し、昼食の刺身のお替り自由という食堂で腹いっぱい食べてもらったことを、なぜかよく覚えている。

車の中で、ヤモリの鳴き声についての研究内容を聞きながら興味を持った。

ヤモリが鳴くこと、種ごとに鳴き声が異なっていることなど、初めて知ることばかりで、研究対象は無限にあるものだと感心してしまった。

また、戸田さんと一緒に野島のヤクヤモリ調査や松浦市のオキナワキノボリトカゲ調査にも同行していただいた。

 

ヤクヤモリの生息する野島(2015年9月に撮影)

 

ヤクヤモリの成体(2021年9月、長崎市野島で撮影)

 

ヤクヤモリの卵塊(2021年9月、長崎市野島で撮影)



 70代半ばになったころ、5番目は城野さんの所の大学院生である小松原さん。

現在、長崎県各地をまわりながら、ニシヤモリとその他のヤモリの関係性について調査研究中。

車に乗せていろいろな場所を案内した。

まさに、院生として研究の真っただ中。

車中やお酒を飲みながらの会話。

いろいろな仮説やその検証について聞くのは楽しくてたまらない。

純粋な研究への意欲や取り組みを見ているとうらやましくて、私ももう一度チャレンジしてみたいと思ってしまう。

頑張って欲しい。

 

ニホンヤモリの成体(2012年11月、長崎市野母崎町で撮影)

 

ニシヤモリの成体(2018年10月、長崎市樫山で撮影)

 

 そして、最後の6番目は、今年のことである。

メールや研究内容ではよく知っている岡本さんが来崎された。

戸田さんの研究室出身である。

ヤモリ属の雑種の研究で有名な方。

彼には長崎で捕れたニホンヤモリとニシヤモリの雑種を提供したことがあり、学会に参加の折少しは話をしたことがあった。

今回、車で案内の途中、ゆっくりと話をすることができた。

もちろん、ヤモリの話ばかりである。

ヤモリ三昧、これが楽しくてたまらない。

 

ニシヤモリとニホンヤモリの雑種が捕獲できた場所(2020年3月に撮影)

 

ニシヤモリの成体(2020年3月、佐世保市で撮影)

 

ニホンヤモリの成体(2020年3月、佐世保市で撮影)



 6人とも、自分の車で自分の調査地点を案内してきた。

地方のアマチュア研究家としては、その道の一流のプロを案内できることは最高の喜びである。

また、将来プロの研究者になるであろう若い研究者を案内することも楽しくてたまらない。

ニシヤモリを中心としたヤモリ属の調査。

多くの研究者とかかわれることを楽しみに、島嶼を中心とした長崎県の調査を継続中である。