長崎にはしっぽの変形した尾曲がりネコが多い。
都道府県別にみると尾曲がり猫の出現率が一番高いのが長崎県であり、79%を占めるという。
それで、尾曲がりネコのことを「長崎ネコ」と呼び、「長崎ネコ学会」という団体までできている。
ネコの集団(2016年9月、長崎市池島で撮影):短めの尻尾が見える

我が家には「リンちゃん」というかわいい猫がいた。
2024年3月に亡くなってしまったが、20数年の間、我が家の娘として癒しを与えてくれた。
抱っこされるのを嫌い、私たち夫婦以外の人間からは逃げ回る愛嬌のない猫。
孫たちが遊びに来ても二階の押し入れに逃げ込んでいた。
リンは、20数年前に我が家の周りを彷徨っていた野良の子猫が入り込んできたものである。
リンという名前は、当時のテレビドラマの主人公である女の子の名前から命名させていただいた。
リンはしっぽの長いネコで、今回のテーマである尾曲ネコではない。
テレビ鑑賞中のリンちゃん(2020年7月、自宅にて)

マタタビに夢中のリンちゃん

長崎だけではなく日本中にいるネコは、野良猫でも飼い猫でも昔から日本にいた動物ではない。
ずっと昔に船に乗って外国から渡ってきたものである。
日本の三毛猫や耳の垂れたスコテイッシュフォールト、短い足のマンチカンなど世界中にはいろいろな品種のネコもいるけれど、生物学的な種としてはただの一種である。
だから、私たちが知っているすべてのネコの種名は、和名で「イエネコ」、世界共通の学名で「Felis catus」の一つで表されている。
集まって日向ぼっこ(2019年3月、池島で撮影)

イエネコの起源については、いろいろな研究から次のように考えられている。
「一万年ほど前、古代メソポタミアで農耕が始まったとき、野生のリビアヤマネコが人家周辺のネズミ捕獲に集まり人類との付き合いが始まった。」
その後、古代エジプトでは神として崇められながらも世界中に拡がっていき、長い時間をかけて、いろいろな品種がつくられていった。
世界中に広まっていったのは、農業が始まり穀物の貯蔵がなされるようになった時、大敵のネズミ対策としてネコが重要視されたから。
日本にも同じように稲作の開始とともに渡ってきたのであろう。
餌場に集まった猫たち(2016年9月、池島で撮影)

長崎市銀屋町に「長崎尾曲がり猫神社」がある。
中島川にかかっている有名な眼鏡橋の近くである。
長崎に多いという尾曲がりネコの聖地としての神社である。
長崎お曲がりネコ神社(道路側から入り口を撮影)

そこで配布されているパンフレットには、お曲がりネコが長崎に多い理由が書かれている。
お曲がりネコ神社のパンフレット(長崎にお曲がりネコが多い理由を説明)

簡単に要約すると、次のようになる。
① もともと日本のイエネコの尻尾は長かった。
② インドネシア(ジャカルタ)にはしっぽが短いイエネコがいた。(尾骨が少なくなる遺伝子を持つ)
③ 江戸時代、貿易船には「ネズミ害」対策のためネコを乗せるのが常であった。
④ オランダ船などはジャカルタに寄港して、物資やネコ(お曲がりネコ)の補充を行い、長崎を目指した。オランダ船以外にもジャカルタ付近からくる中国の船(唐船)も同じだっただろう。
⑤ 長崎についた船からは、ネコは自由に長崎の町に出て行った(人間には制限があった)。
⑥ 船が着くたびにお曲がりネコが長崎の町に放たれていった。
⑦ お曲がりネコの遺伝子が長崎の町に拡がり、やがて、日本中に拡散していった。
⑧ だから、長崎にお曲がりネコが最も多くみられるのではないか。
お曲がりネコ神社について少し詳しく説明してみたい。
すばらしさについては文章では説明できないので、長崎に来られた際にはぜひ立ち寄っていただきたい。
ネコ好きでない方にも十分に楽しんでいただけると思う。
入り口横におみくじ売り場がある。
お曲がりネコ神社のおみくじ

中に入ると、中央に神社の本殿がありお参りできる。
お曲がりネコ神社内にある拝殿前で(ちゃんとお賽銭もいれてお参り)

周りには、ネコ関係のグッズがたくさん。
部屋中にネコグッズがいっぱい

部屋中にネコグッズがいっぱい

長崎市新大工町の千寿庵長崎屋では「長崎オマガリにゃまがし」が販売されている。
ネコ好きにはたまらない一品であるが、食べるのがもったいないという気持ちになってしまう。
千寿庵さんで販売されている「長崎オマガリにゃまがし」

顔の後ろにはかわいいお曲がりの尻尾がついてる(食べるのがもったいない)
