サンショウウオ(山椒魚)と聞くと、井伏鱒二が書いた短編小説「山椒魚」を思いだす人もいるだろう。
この小説の主役は特別天然記念物に指定されている有名なオオサンショウウオである。
体長1mにもなる世界最大級の両生類で中国・近畿地方が主な生息地だが、残念ながら長崎県には分布しない。
下のオオサンショウウオは、大学3年生の時の山陰ヒッチハイクの旅の途中、どっかの庭の池で見せていただいたもの。
写真に撮りたいとお願いしたら、網ですくって外に出してくれた。
そばに置いたセブンスターは、当時吸っていたセブンスター。
タバコはまずかったが、吸わないと一人前の大学生ではないと思い我慢して吸っていた。
今考えるとバカである。
オオサンショウウオ(1972年5月、山陰地方のどこかで撮影)

友人と2人、1週間の旅であった。
大きなリュックを背負っていろんな車に乗せてもらいながら福岡から山口、広島、そこから横断して鳥取・島根に行き、最後は京都を訪れるという旅。
お金がなかったので、食事の大半は、キャンプのような自炊でインスタントラーメンばっかり食べた記憶がある。
知らない人の家に泊めてもらったり、テントや橋の下で寝たり、小さな小屋を無断で借りて泊まったりと結構過酷な、面白い旅だった。
若いからできたのだろう。
それでも、最終目的地の京都に着いた後は、疲れ果てて列車で福岡まで帰ったことを覚えている。
当時の写真は一枚も残っていないが、このオオサンショウウオの写真を見るたびに楽しかった学生生活が思い出される。
長崎県には、オオサンショウウオは生息しないが、小型のサンショウウオは4種が生息している。
県内各地の低地にはカスミサンショウウオ、対馬だけにすむツシマサンショウウオとタゴサンショウウオ、多良山系・国見山系・西彼杵半島にいるブチサンショウウオである。
カスミサンショウウオ(2020年1月、長崎市で撮影)

ツシマサンショウウオ(2019年3月、対馬で撮影)

タゴサンショウウオ(2020年2月、対馬で撮影)

今回は、長崎県のブチサンショウウオについて紹介したい。
ブチサンショウウオは名前のとおり黒褐色の下地に銀白色の斑紋を持つ(ぶちになっている)美しいサンショウウオで、体長は15cmにもなり、県内4種の中では最も大きい。
普段は山中に分散して生活し、小型の昆虫やミミズなどを捕食するが、4月の産卵期には河川源流域に集まり、伏流水中の岩の下に産卵する。
多くの人に知られていないのは、生息場所が人のあまり入らない山中であること、昼間は岩や落ち葉の下に潜み夜間だけに地面を歩きまわるので目にすることがないからだろう。
ブチサンショウウオ(1985年4月、多良山系で撮影)

このブチサンショウウオを初めて見ることができたのは、1982年4月のこと、多良山系の佐賀県側の中山キャンプ場上流であった。
源流域にいる幼生や産卵のために集まっている成体を確認した。
カスミサンショウウオしか知らなかったので、15cmぐらいの大きな美しい姿に感動したことを覚えている。
その後、長崎県側の調査を行い、金泉寺付近やその他の地域も複数個所で確認することができた。
一度、飼育を試みたことがあるが餌を食べてくれずやせ細っていった。
そのやせ細った個体は、標本になり、茨木県筑波市にある国立科学博物館収蔵庫の棚に収まっている。
飼育の困難さを知った今は、見つけても写真を撮るだけで楽しんでいる。
ブチサンショウウオと卵塊(1992年5月、佐世保市国見山系で撮影)

多良山系の個体については、長崎県生物学会誌23号に投稿したことがある。
昭和57年のことなので、正式に長崎県の両生類について調べ始めたころである。
その中で、「成体は、3月中旬ごろまわりの山々より渓流付近に集まり始め、ながれの石の下や渓流沿いの土の中で産卵期を待ち、4月中旬に産卵に入るものと思われる。産卵は、伏流水中の石の下でおこなわれ、産卵された卵は、ふ化後渓流沿いの水たまりで幼生として約1年間過ごし、翌年4~5月ごろに変態して陸上生活に入るようである。」と書いている。
何回も現地調査を行い、幼生や成体の飼育を試みた結果をまとめたものだが、自分にとって長崎県の両生類調査の原点のような気がしてなつかしい。
ブチサンショウウオの卵塊(1992年5月、佐世保市国見山系で撮影)

ブチサンショウウオの幼生(1985年4月、多良山系で撮影)

ブチサンショウウオの幼体(1985年5月、多良山系で採集した幼生を飼育)

ブチサンショウウオ(2001年3月、多良山系で撮影)

ブチサンショウウオは、以前は西日本全域に広く分布するとなっていた。
近年、分類が見直され、現在では、長崎県、佐賀県、福岡県の一部に生息する個体群だけに使われる名称となった。
広い分布域だった1種のブチサンショウウオは、地域によってコガタブチサンショウウオやチクシブチサンショウウオなどの新しい名前がつけられ新種として発表されたのだ。
ずっと使われていたブチサンショウウオという名前は、長崎県を含む北部九州の個体群に残されたことになる。
その理由は、約200年前にシーボルトがブチサンショウウオをオランダに持ち帰ったことによる。
その個体は長崎産である可能性が高いし、実際の研究でもそのことが確認されている。
シーボルトの標本をもとに、ブチサンショウウオ(Hynobius naevius)という名前がつけられたので、長崎を含む北部九州の個体にその名前は使われ続けることになる。
なんでそんなことにこだわるのかと言われそうだが、長崎にすみ長崎の両生類を研究している私にとっては大きなことである。
世界に紹介されたブチサンショウウオは長崎の個体をもとに名づけられたのだ。
長崎こそブチサンショウウオの聖地なのだ。
私の、長崎のブチサンショウウオへの熱い思いを理解してもらうのは難しいだろうか。
ブチサンショウオ(1988年4月、多良山系で撮影)

読者のみなさんには、ブチサンショウウオの美しさを理解してもらえれば、それだけで十分である。
そして、このすごい長崎のブチサンショウウオが、いつまでも世代を重ね生き続けて欲しいと願っている。