まるで浦島太郎の話「アオウミガメの放流」

 浦島太郎という昔話や童謡がある。

童謡の一番は、「むかしむかし浦島は 助けた亀に連れられて、竜宮城へ来てみれば 絵にもかけない美しさ」である。

この昔話の中の「助けた亀」のように、ウミガメを助けて保護しのちに放流する場面に立ち会ったので、今回はその話をしてみたい。

時は、2022年5月23日のこと。

場所は佐世保市にある海きららである。

なお、これも長崎ケーブルテレビの取材で番組を作らせてもらった。

 

 2022年の2月のこと、長崎県松浦市の海岸で釣り糸に絡まったアオウミガメが漁師さんに保護された。

釣り糸はうまく取り除くことができたがかなり衰弱していたので、海きららで保護し暖かくなってから放流することになった。

それから3ヵ月、放流日が5月23日との連絡を受け、我々取材班は海きららを訪問した。

 

  水槽から出されたアオウミガメは元気いっぱい。

最後の身体計測が行われた。

 

放流前の最後の計測(2022年5月、海きららで撮影)

 


 大きなプラ船に入れられたアオウミガメは、車に乗せられ、放流場所の松浦の海岸へ。

約30分の旅の後、プラ船に入れられたまま砂浜の場所まで運んだ。

車から水際までの距離はかなりあったが、スタッフと一緒に重たいアオウミガメを必死に運んだ。

その際、私の心の中に、亀の恩返しのおすそ分けをねらっていたのは確かである。

 

 いよいよ放流。

 砂浜の上に置かれたアオウミガメ。水際に置いたのにボーとして動かない。

海水に浸かる場所まで背中を押してあげてもポケーとしている。

ゆっくりと海の中に入っていった。

それほど名残惜しいのかと思っていたら、急に泳ぎだす。

その早いこと早いこと。

バタフライのように前あしを使っていた。

3ヵ月の保護生活からの解放である。

泳ぎだした後は、少しぐらい陸の私たちを気にしてくれればいいのに、振り返るでもなく、手を振ってくれるでもなく、足早に沖に向かい潜ってしまった。

あっけにとられるくらいの去り際の見事さであった。

去っていった沖の方を見ていたら、息継ぎのためか少しだけ頭を出したあとまた潜っていった。

私はお礼を言ってくれたのだと思い、心の中で「恩返しは何でもいいからね」とつぶやいていた。

 

図2.水際においたアオウミガメ(2022年5月、長崎県松浦市の砂浜で撮影)

 

図3.海水が来ても動かない(2022年5月、長崎県松浦市の砂浜で撮影)

 

図4.海の方に押してみた(2022年5月、長崎県松浦市の砂浜で撮影)

 

図5.海水の中に入り泳ぎ出す瞬間2022年5月、長崎県松浦市の砂浜で撮影)



 長崎県近海で見られるウミガメは、世界に分布する7種のうちの5種にもなる。

しかし、身近なウミガメとしては、アカウミガメとアオウミガメの2種であろう。

アカウミガメは長崎の砂浜にも産卵のために時々上陸することがある。

アオウミガメは長崎近海の海を回遊しているだけで上陸することはないとのこと。

アオウミガメが上陸して産卵するのは主に南西諸島や小笠原諸島なので、長崎を含む九州本島で上陸することはない。

アカウミガメの産卵地は北太平洋では日本だけと聞いているので、長崎県を含む九州や本州の南半分でも産卵が見られている。

 

 私も泳いでいるアオウミガメの姿を陸上から見たことが一度だけある。

30年ほど前、五島の男女群島に調査に行った際、目の前を優雅に泳いでいる姿を目撃した。

その時撮影したアオウミガメの感動の一枚である。

 

図6.アオウミガメ(1993年9月、男女群島女島の海岸で撮影)

 


 昔話によると砂浜で子供たちにいじめられているカメを助けたとあるので、砂浜に上陸していたことになる。

とすれば、この話の主人公はアカウミガメということになるのだろうか。

さらに、上陸するのは産卵のためなので雌ということになる。

ということは、浦島太郎に出てくるカメ(砂浜で意地悪されていた)は、アオウミガメではないということになる。

今回の放流では玉手箱は期待できそうにもない。

まあ、意図的ではない状態で弱ったアオウミガメが砂浜に打ち上げられることもあるので、どっちでもいい事なのかもしれない。

それでも、生きものを扱っている身としては気になってしょうがない。

 

図7.アカウミガメ(2025年12月、長崎ペンギン水族館バックヤードで撮影)

 

図8.アオウミガメ(2022年5月、海きららで撮影)



 長崎県に上陸したアカウミガメの卵を保護している人がいると聞き、子ガメの放流日に見に行ったことがある。

場所は南島原市加津佐町、時は1999年7月7日のことである。

人工ふ化されたたくさんの子ガメが砂浜におかれると、海を目指して一斉に歩き出す。

頑張れ‼頑張れ‼と心で叫びながら海の中までついていった。

 

アカウミガメの赤ちゃん(1999年7月、南島原市加津佐の海岸で撮影)

 

アカウミガメの赤ちゃん(1999年7月、南島原市加津佐の海岸で撮影)



 今年の5月から始めたブログ、2025年内に49編をあげることができた。

まだまだネタの方はいくらでもあるので、来年も1週間に1回のペースで書いてみたい。

読んでいただいているみなさま、この1年間ありがとうございました。

よいお年をお迎えください。

 

 

 

 

 

 

 

派手だけどおとなしいヘビ「ジムグリ」

 ヘビってどうしてみんな苦手なのだろう。

そういう私もどっちかというと多くの動物たちの中では苦手な方になる。

調査の折、どうしても捕まえるためにしっぽを踏みつけることがあるが、口を開けて襲い掛かってくる。

噛まれたこともある。

ヘビからすれば、踏みつけたり捕まえたりするから仕方なく攻撃するのであろうが、やっぱり苦手である。

そんな中、これから紹介するヘビは、非常におとなしく触っても握っても噛みついてこない。

いいやつである。

そのヘビの名前はジムグリ。

 

ジムグリの成体(2003年9月、平戸市的山大島で撮影)


 長崎県本土に生息する8種のヘビの仲間で「ジムグリ」はあまり知られていない。

野外調査をしていても出会えることは稀で、出会えた時にはラッキーと思ってしまう。

ただ、秋の山道では生まれたばかりの幼体を見かけることはある。

私が通っている長崎女子短大の構内でも幼体を見つけたことがあるので、気づかないだけで畑地や里山には多いかもしれない。

 

ジムグリの幼体(1994年10月、諫早市高来町で撮影)

 

 ジムグリという名前は、地下に潜ることから名付けられたらしい。

漢字で書くと『地潜り』となるのだろう。

つまり、地下にすむヘビということになりそうだが、自ら穴を掘るのではなく、モグラのトンネルなどを地下の穴を利用し、その中にいるネズミなどの小型哺乳類を捕食しているようだ。

ただし、私自身は地上での目撃しかないので(地下の姿は見たことがない)、どのくらいの地下を利用しているのかはわからない。

 30年ほど前、農家の人対象にヘビの方言を調査したことがある。

ジムグリの写真を見せると農家の多くの方々が見たことがあるといろいろな話をしてくれた。

農家の人にはよく知られたヘビだと感じた。

 

ジムグリの成体(2018年11月、壱岐市石田町で撮影)

 

 方言もいろいろあり、「おべら」(佐世保市南風崎町)、「じもち」(諫早市高来町)、「あかびら」(雲仙市国見町)、「あぜひき」(大村市黒木町)・・・などがでてきた。

何となく、ジムグリの姿や生態を表してる方言だなと感心してしまう。

どんなヘビですかという質問をすると、「畑を耕している時に土の中から出てくることがある」とか「木に登って小鳥の巣を襲う」ということだった。

 

 諫早市轟の滝付近でヤマネの巣箱調査を行ったことがある。

一度だけだが、巣箱の中にジムグリが入っていた。

巣箱のふたを開けたらド派手なヘビが入っていたので、びっくりして見入ってしまった。

ジムグリの方も、びっくりして私の方を見つめていた。

巣箱の中に入ってくるヤマネかヒメネズミを狙ってのことだろう。

 

ヤマネの巣箱調査(この巣箱ではないが、中にジムグリが入っていた)

 


樹上のジムグリの幼体(1995年11月、諫早市轟の滝で撮影)

 


 ジムグリの成体の体長は1m弱程度で中型のヘビ。

見ただけで恐怖を感じる大きさではない。

ジムグリの特徴は、県本土に生息する8種の中では目立った色合いをしていること。

特に幼体の色は派手で毒々しい感じがする。

親になると派手さは減少し枯れ葉に同化していくが、お腹の色は赤と黒の市松模様の派手な色合いのまま。

ヘビのことを詳しく知らなかった昔は、赤地に黒い斑点の幼体を毒ヘビかもと思い、マムシ同様に首根っこを強く掴んで扱っていた。

しかし、触れ合うにつれ、おとなしくいいやつであることが分かってきたので、今ではやさしく手のひらで遊ぶことにしている。

 

ジムグリの幼体(2011年10月、新上五島町で撮影)

 

ジムグリの成体(1988年4月、諫早市轟の滝で撮影)

 

ジムグリの腹部の市松模様(1988年4月、諫早市轟の滝で撮影)



 長崎県では、対馬を除く県内全域(島も含む)に広く分布しているが、めったに出会うことはない。

もし、このヘビと遭遇できたら、そっとしっぽをつかみ腕に巻き付けて遊んでみたらどうだろう。

何回か遊んだことがあるが、ヒンヤリした感じで気持ちがよかったことを覚えている。

アオダイショウやシマヘビでは、そんな感情は沸いてこなかったので、私にとっては特別なヘビなのかもしれない。 

 

 

 

昔はこう呼んでいました「ヘビの方言」

 昭和の30~40年代が私の幼少時代で旧大村藩領の宮村(現在の佐世保市南風崎町)という所に住んでいた。

その当時、私たち子どもはヘビのことを「ヘビ」という名称で呼んでいた気がする。

しかし、父母や周りの人は「くちなわ」という名称も併せて使っていた。

一番身近なアオダイショウは「ねずみとり」だったし、マムシは「ひらくち」だった。

このように、私の子供時代の動物名は、標準語と方言が混じってはいたが、どちらかというと標準語の方を多く使っていたように思う。

学校や図鑑やテレビでは、ヘビやマムシという標準語のみが使われていたので、ヘビの方言を聞いたり話したりする機会はほとんどなく、それらの言葉が廃れていく時代を過ごしたようだ。

 

 高校の生物教諭をしながら長崎県内の両生類や爬虫類を本格的に調査するようになったのは、昭和の後半から平成の時代、35歳を過ぎてから。

田んぼや畑を歩き回りながら農作業をされている人たちともよく話をした。

話題はいつも「この辺にはどんなカエルやヘビがいますか」である。

その時に使われる名称のほとんどが、標準語の「ヘビ」や「アオダイショウ」であったが、時々、子供のころに聞いていた「くちなわ」や「ねずみとり」という言葉も出てくる。

それも、老人ほど使用頻度が高い。

長崎の方言っておもしろいなと思いながら調査をしていた時、壱岐の島で、初めて「ながむし」という言葉を聞いた。

ヘビのことを「ながむし」と呼んでいたのである。

初めて聞いた言葉だったのでびっくりして、五島列島福江島や対馬でも聞いてみた。

そうすると、なんと同じナガムシと呼んでいるではないか。

また、ほぼ同じころ、平戸の方でカエルのことを「じょうこ」と呼んでいたのも聞いた。

これまた、初めて聞いた言葉である。

普段は生き物自体を調べているが、この時の「ながむし」や「じょうこ」という名称は、私にとって新発見であった。

狭い長崎県でも、地域によってヘビやカエルの名称が異なっていたのである。

老人しか使っていないこれらの方言を調べてみようと決心した。

 

 ヘビやカエルの方言探しの旅(調査)が始まった。

ヘビやカエルだけではもったいないので、両生類はカエルやサンショウウオ、爬虫類はヘビやトカゲ、カメ類の写真を準備しての聞き込みである。

県本土は、江戸時代の藩を考え、大村藩領、平戸藩領、島原藩領の各地。島では、五島列島、壱岐、対馬を中心に調査した。

全部で30数か所になった。

アポを取っての聞き込みもあれば、田んぼを歩きながら世間話の中の採集もあった。

田んぼの畔に座っての老夫婦との会話は1時間以上になったこともある。

自宅に招かれお茶やお菓子を頂いたこともある。

そんな時は、お互いにとても楽しくて時間がたつのを忘れるようだった。

 

こんな田んぼのあぜ道で老夫婦から方言採集をした。

 

方言採集に持参したヘビ類の写真(写真を見ながらの聞き込み)



 聞き込みをした感想を先に述べておく。

カエルやカメ、トカゲ類は比較的単純で似たような方言が多く、名前の付けられていない種も多かった。

簡単に言うと、「小さなカエル」、「緑のカエル」「しっぽの青いトカゲ」「臭いカメ」というように、単語の前に形容詞がついて説明している方言が多かった。

それに対し、ヘビは、種ごとにちゃんと名前が付けられているのである。

マムシのように毒を持っているヘビがいるので、ちゃんと名前を付けて認識する必要があったのだろう。

長崎県本土に生息する8種のヘビの中で、方言がなかったのは、「シロマダラ」と「タカチホヘビ」の2種だけである。

この2種はめったに目にすることのないヘビなので、方言のないことが納得できる感じがした。

他の6種にはちゃんと名称があり、特にシマヘビに見られる2タイプ(ストライプ型と黒色型)は別々の呼び名があった。

ストライプ型は単に「くちなわ」と呼ばれることが多くヘビの総称と同じであったが、福江島では「うまんくそむし」とも呼ばれていた。目の下が馬のくそ(糞)に似ている色合いだからだろう。

黒色型はいろいろな呼び名が付けられていた。

「くろぐちなわ」「からすぐちなわ」「おっかけむし」などである。

 

シマヘビ(ストライプ型)・・県本土では最も普通に見られるので、総称の「くちなわ」が多かった。福江島では「うまんくそむし」という名前もあった。

 

シマヘビ(黒化型)・・・色具合から「くろぐちなわ」や「からすぐちなわ」が多かった。気性の激しさをあらわす「おっかけむし」もあった。


 

 長崎県の島には、対馬の「ツシママムシ」「アカマダラ」、五島の男女群島には「ダンジョヒバカリ」という固有のヘビがいるが、対馬の2種には「ひらくち」「ちゃびらくち」という方言があった。

男女群島には基本的に人が住んでいないので方言はないだろう。

まとめてみると、長崎県に生息する11種のヘビの中で、8種にはその土地独特の方言があることが分かった。

さらに、シマヘビには2つのタイプそれぞれに方言があった。

 

同時に、県立図書館に行き、方言図鑑も調べた。

方言図鑑や郷土史にも生物名の方言は書いてあるが、代表的な一部の言葉だけですべては網羅していないなという感想を持った。

 

 すべてをまとめると大変な量になるし面白くもないと思うので、ここでは、ヘビという総称とアオダイショウについてまとめておきたい。

 長崎県にはヘビをさす方言が大きく2つあった。

県本土全域で広く使われていたのが「くちなわ」、五島列島・壱岐・対馬の離島で使われていたのが「ながむし」である。

全国的には「くちなわ」と「へび」の2つが中心で、「ながむし」は非常に珍しい方言のようだ。

ながむしやくちなわという言葉の由来は次のように考えられている。

昔の生物の分類では、両生・爬虫類は『虫』という分類群だったので、ヘビという漢字は虫へん(蛇)だし、カエルという漢字も虫へん(蛙)になる。

だから、ヘビは長い虫(ながむし)になるのだろう。

一方、「くちなわ」は、ヘビの見た感じが細い縄(なわ)のように見えるので、「朽ちた縄」か「口のある縄」からできた言葉と思われる。

 

長崎県における「くちなわ」と「ながむし」の分布図

 


 アオダイショウの方言については実に様々で、県内各地でいろいろあった。

一部を紹介したい。

家にすむということから呼ばれていた「いえぐちなわ」「えーぐちなわ」とネズミを捕ってくれることから「ねずみとり」「ねずみまき」の2タイプが一番多かった。

五島列島や対馬では、ヘビの総称である「ナガムシ」がアオダイショウにも使われており、一番身近なヘビであったことがうかがえる。

他に面白いなと思ったのは、福江島の「やーしまー」、壱岐の「やろうじん」、松浦市福島の「やじなみ」、平戸市的山大島の「まわりぼう」、五島市奈留島の「やしきまわり」などであるが、どれも家の中や周りにいることを表現していると思う。

 

アオダイショウ(県本土最大のヘビで、家の中に入りネズミを捕食していた)

 

アオダイショウの方言の分布図(主なものだけ)



 自然の中を歩き、そこにいる人たちと話をしていると、ふと面白いなと思う事象に出会うことがある。

そして、ちょっと調べてみようという気になる。

徹底した調査をすればいいものを、飽きっぽい性格なのでずっと続けることができず、大まかな傾向が分かると安心して終了、次に行ってしまう。

こんな50年を続けてきたので話題は豊富だが中身が少ない。

今回のヘビの方言採集もその一例であり、2年間ほどしかやっていない。

しかし、今ではこれらの方言を知っている人がほとんどいなくなってしまったので、集めることは非常に難しいであろう。

ファイルに閉じ込めたままの資料であるが、今回のブログのために久しぶりに見てみると、それぞれの地域の記録に、さまざまな昔の記憶が浮かんでしまった。

 

 

爬虫類を食べる爬虫類「シロマダラ」

 ヘビの話題が時々ニュースになることがある。

今回紹介するシロマダラもよく取り上げられ「絶滅危惧種の貴重なヘビが我が家の庭にいた」というニュースになる。

全国の多くの県で絶滅危惧種に指定されており、長崎県も同様である。

私もずっと珍しいヘビと思っていたが、最近は夜行性のため見つかりにくいだけのように感じている。

夜の山中で見つけたシロマダラ(2001年6月、諫早市富川で撮影)

 

 シロマダラは、名前の通り「白いまだら模様のあるヘビ」。

でも、どちらかというと白いというより茶褐色のまだら模様になっている。

体長は大人になっても60㎝程度の小型で、細い胴体と大きな頭。

見た目はかわいくスマートだが、結構攻撃的なヘビである。

このヘビの一番の特徴は、トカゲやヤモリや小型のヘビを餌とする爬虫類食のヘビであることだろう。

 シロマダラは、日本の固有種で全国に広く分布する。

長崎県では、県本土はもちろんのこと、対馬を除く多くの島嶼で確認されている。

絶海の孤島、男女群島女島にも生息。

餌であるヤモリやトカゲなどの爬虫類が多いためであろう。

もしかしたら、トカゲやヤモリがいる島ならどこにでも生息しているのかもしれない。

つい先日のこと、西海市大島町にすむ教え子からラインが入った。

「我が家の庭にシロマダラらしいヘビがいる」とのこと。

早速写真を送ってもらった。

立派なシロマダラであった。

 

シロマダラ(茶褐色と黒のまだら模様、1995年8月、諫早市多良岳で撮影)

 

シロマダラの写真(1987年、男女群島女島産、女島灯台守の方から提供)



 シロマダラを初めて見たのは教員になって間もないころの壱岐の島だったが記録や写真は残っていない。

その頃は、教員になったばかりで調査などということは考えてもおらず、日々の教員生活に必死だったからである。

2回目に見たのは、長崎南高に転勤してからすぐの歓迎遠足の時だった。

学校近くの市民の森。

弁当を食べた後、近くにあった大小さまざまな石をはぐって何かいないかと捜していた時、ちょっと大きめの石の下にヘビがいた。

びっくりした顔でこちらを見つめていたが、相手に逃げる隙も与えず夢中で捕まえた。

めったに見ることのできないヘビ、シロマダラであった。

その頃は、長崎県の爬虫類の調査も開始していたので生物室で飼育し観察した。

生きたシロマダラの飼育は面白かった。

普段はおとなしいのに、何かの折に攻撃的になり、口を大きく開けて威嚇し噛みついてくる。

ある日、毒がないと分かっていたので、安心して触っていた時噛まれてしまった。

初めてヘビに噛まれた。

痛くはなかったが、ちょっとショックだった。

ヘビの頭にデコピンをしてしまった。

餌のトカゲを与えると、追いかけ回した後、腹部に噛みつき、体を巻き付けて飲み込んだ。

飲み込むまでにはかなりの時間がかかったので、気づいたら食べていたという感じであった。

そして、ある日、3個の卵を産んでくれた。

本人は、すぐ側でとぐろを巻いていたので卵を守っているように見えたが、ヘビ類はだいたいが産みっぱなしなので、卵を別の容器に入れふ化を待つこととした。

残念ながらふ化には失敗してしまった。

後で考えると、湿気が少なかったようである。

 

シロマダラ(1989年4月、長崎市市民の森で撮影)

 

シロマダラと3個の卵(1989年7月1日、生物室の水槽内で撮影)

 

シロマダラの卵(1989年7月1日、生物室水槽内で撮影)

 

 私が、昼間の調査で一番見かけたのは、海岸の岩場や山中にある建築物の隙間でヤモリ調査をしていた時である。

ヤモリ調査は、岩場や建築物の隙間を懐中電灯で照らし確認する方法をとっている。

その割れ目で何回もシロマダラを見た。

多分、そこにいるシロマダラの目的は私と同じであろう。

ヤモリである。

狭い隙間なので写真を撮ることも難しいが、2枚ほど紹介したい。

1枚目は、佐世保市の黒島(世界遺産の黒島天主堂がある)で撮影したもの。

海岸の岩場でニシヤモリの調査中のことだった。

隙間にある白い卵塊はニシヤモリのもの。

ニシヤモリはいなかった。

この隙間にいたニシヤモリは食べられたのか、うまく逃げ切ったのか。

この時のシロマダラは長時間うごかなかったので寝ていたのかもしれない。

 

シロマダラがいた海岸の岩(2020年4月、佐世保市黒島)

 

シロマダラとニシヤモリの卵(2020年4月、佐世保市黒島で撮影)



 もう一つは、雲仙岳の道路脇にある古い案内板の隙間である。

ここでもかなりの時間見ていたが動かなかった。

ここにもヤモリの卵塊はあったので餌狙いなのだろう。

両方とも、あまりの動かなさにしびれを切らしてしまい、枝でつついてみた。

慌てることもなくゆっくりとした動きで奥の方に引っ込んでしまった。

眠りを邪魔されて怒っていただろうなと思う。

 

シロマダラがいた案内板(2021年9月、南島原市で撮影)

 

隙間にいたシロマダラ(2021年9月、南島原市で撮影)


 

 若くてまだまだ元気だったころ、夜の森林内の山道を一人でゆっくりとドライブすることが多かった。

とくに、小雨の降る夜や雨上がりの道路は生き物の展示場。

両生類では、カスミサンショウウオやアカハライモリ、ヒキガエル、ニホンアカガエル、タゴガエル、シュレーゲルアオガエルなどなど。

ブチサンショウウオに遭遇したこともある。

爬虫類としては、マムシが一番多く、たまに、シロマダラ、そして、一度だけタカチホヘビを拾った。

タヌキやイノシシなどの獣との遭遇も多い。

何回も山のドライブをしていると、道路上の物体が、枝なのかヘビなのかが分かってくる。

シロマダラだろうと思って車を止め、降りてシロマダラが確認できた時は、俺ってすごいと自分で自分をほめてしまう。

 

夜の道路上のシロマダラ(2003年10月、東彼杵郡川棚町で撮影)

 

 多くの人から、夜の山道の一人のドライブは怖くないかと聞かれるが、不思議と怖くないのである。

ただひたすら道路上の生きものに集中しているので周りを見る暇がないからだろうか。

車を降りての歩きの調査でも同じだったように思う。

怖さより何がいるかなという興味の方が勝っていたのだろう。

それでも、夜間、山中で人に会うこともあり、それが一番怖かった。

多分、相手も同じ。

お互いに「こんな夜に、こんな場所で、何しているんですか」と聞きあった。

 

シロマダラ(1990年6月、東彼杵町龍頭泉で撮影)


 シロマダラは、自然の中で生きている姿を見ることは難しい。

それでも、夜間の交通事故による早朝の轢死体はよく見つかる。

しかし、昼頃になると、カラスなどに食べられてしまうためかほとんど発見できない。

カラスとの勝負に負けることが多いが、自然界に無駄はないようだ。

こんなところに「オキナワキノボリトカゲ」

 2017年7月のこと、3匹の冷凍標本が私のもとに送られてきた。

オキナワキノボリトカゲのようだが確認して欲しいとのことだった。

私は見たことがないトカゲ、図鑑で調べるとオキナワキノボリトカゲらしい。

専門家の先生に標本を送り「オキナワキノボリトカゲ」で間違いないという返事を頂いた。

ここで問題なのは、名前の通りに沖縄の生物なので、長崎の地にはいるはずがないということだ。

いるはずのないオキナワキノボリトカゲが長崎の地で発見されてしまった。

 

沖縄で撮影されたオキナワキノボリトカゲの雄(友人が撮影した)

 

沖縄で撮影されたオキナワキノボリトカゲの雄(友人が撮影した)



 オキナワキノボリトカゲは、奄美諸島や沖縄諸島に生息し、頭胴長70mm、尾長200mmという長いしっぽが特徴の木登りを得意とするトカゲの一種である。

美しい緑色の体色なので、県本土に生息するトカゲと見間違うことはない。

近年、宮崎県の日南市や鹿児島の指宿市で分布が確認され、国内移入種としてどのように対応していくかが苦慮されている。

ちなみに、国内移入種とは日本国内での移動のことで、外国から入ってくる外来種とは区別している。

奄美諸島や沖縄諸島のオキナワキノボリトカゲは絶滅危惧種に指定されるほど減少しているそうだ。

もともとの生息地では減少しているのに、本来の生息地ではない場所では増え続けている。

どんどん捕まえて、沖縄や奄美に離せばいいのではないかと思うが、どの地域からの個体かわからないので難しいという。(図3 図4)

 

宮崎県で捕獲したオキナワキノボリトカゲ(オスは大きくて緑色が鮮やか)

 

宮崎で撮影したオキナワキノボリトカゲの雌(木肌と同じ色で小さく目立たない)



 標本が送られてきたいきさつを紹介したい。

その標本は、長崎県松浦市の海岸近くの人から西海国立公園事務所に生きている状態で運び込まれた。

しばらく飼育していたがやがて死亡したとのこと。

その後に運び込まれた2匹の死体とともに、合計3匹が私のもとに送られてきた。

 

最初に送られてきたオキナワキノボリトカゲの標本


 私は、すぐに松浦市のオキナワキノボリトカゲを運び込んでくれた人のもとに行った。

話によると、子供さんが「カメレオンみたいな動物を猫が捕まえていたので奪い取った」という。

その生きている姿を見て、長崎在来のトカゲとは違うと感じて公園事務所に持ち込んだそうだ。

捕獲してくれた猫は、数匹の放し飼いの猫の中の「チャチャ」という名前。

数日間、チャチャのことをよく観察してみると。

チャチャは、時々、家のすぐ裏の森に入り、10分くらいで口に変なトカゲをくわえて裏庭に戻ってきた。

それが何回も見られたそうだ。

捕まえてきた獲物は仲間で食べていたらしい。

たまに、捨ててある死体や生きている姿を見つけることもあったということだった。

しばらくすると、生きている個体2匹が手に入ったという連絡が入ったので、貰いに行き、飼育を試みた。

どうも、チャチャの成果らしい。

 

最初に発見されたオキナワキノボリトカゲのすむ森林(今は西九州道になった)

 

研究室で飼育中のオキナワキノボリトカゲの雄と雌(飼い猫チャチャが採集)

 

 後日、多くの人の協力を得て何回も調査を実施した。

オキナワキノボリトカゲの生息する琉球大学の爬虫類の専門家にも現場の調査をお願いした。

そうすると、チャチャが捕獲してきた場所周辺にそれなりに生息することが分かってきた。

詳しい調査の必要性を感じ、「森きらら」のスタッフを中心に調査チームが形成され定期調査が始まった。

目撃による個体数調査だけではなく捕獲も行っている。

捕獲は釣り竿の先につけた糸でわっかを作り、首に引っ掛けて釣るという方法。

わっかを目の前に持っていくと餌と勘違いしてか逃げずにいるので簡単に釣ることができる。

ベテランになると簡単なようだが私には難しく釣ることはできなかった。

 

木の上にいるオキナワキノボリトカゲを竿先の紐のわっかで捕獲中

 

捕獲したオキナワキノボリトカゲ(釣り用の糸で捕獲したところ)

 

釣った後のオキナワキノボリトカゲの雄

 

捕獲したオキナワキノボリトカゲを計測中




 長崎県松浦市で発見されたオキナワキノボリトカゲ。

調査の結果、松浦市の海岸に近い人家周辺の森の限られた範囲が生息域であること。

温かい季節にはいつも発見できるが寒い季節は見られないのでどっかで冬眠していること。

成体も幼体も見つかることから、この地で繁殖し定着していること。

などが分かってきた。

 

樹上中のオキナワキノボリトカゲ(枝の中央に見える)

 

幹にくっつくオキナワキノボリトカゲの雌(保護色で見つけにくい)



 びっくりすることだが、本来の生息地である温かい地域の動物なのに寒い松浦の森に生き続けているのだ。

地地球温暖化の影響もあるのかもしれない。

冬の寒さに適応してきたのかもしれない。

なぜいるのか。

どのくらいいるのか。

いつからいるのか。

生態系への被害はないのか。

などと疑問は尽きないが、少しずつでも解明していけばと思っている。

 

 

 

男女群島だけの「ダンジョヒバカリ」

 1993年9月末、6日間の男女群島調査の旅に出かけた。

長崎県から依頼された調査で、10名程度の調査団の一員に加えていただいたのだ。

当時、長崎南高校に勤務していたが、県からの依頼なので、学校負担金なしという条件で出張許可を頂いた。

憧れの夢の島。

この島に行けば、ここだけに生息するダンジョヒバカリというヘビに出会えるのだ。

 

 男女群島は、五島福江島の南西海上に浮かぶ島で、福江島より約72Km、長崎半島の樺島灯台からは147Kmの東シナ海に浮かぶ絶海の孤島である。

多くの方々には、釣りのメッカとして知れ渡っており、実際に、岩場で釣りをされている人を何人も見た。

一番北に男島、それから南西方向に向かってクロキ島、寄島、ハナグリ島、女島と約15Kmにわたって散在している。

島自体が国の天然記念物に指定されており、立ち入りには環境省の許可が必要である。

多くの釣り客が押し寄せているが、釣る場所は海岸の岩場なので上陸にならず、許可は必要ないのだろう、と思う。

 

女島よりほかの4島を撮影(左側は女島の一部、一番右の平らな島が男島)

 

男女群島の場所と5つの島の配置

 


 宿泊は、女島にある女島灯台の作業する人のための宿泊施設であった。

現在は無人の灯台であるが、当時は3人の灯台守が常駐されていた。

だから、施設があり借りることが可能で利用させてもらったが、今では無理に違いない。

風呂の設備はなかったので、この1週間は風呂には入らなかったが全く気にならなかった。

自炊(同行された県の方にすべて準備してもらった)をしながらの6日間、楽しかった。

仕事のことや家族のことを思い出す暇もなかった。

朝起きて朝食をとり、作っていただいた弁当を持って、夕方まで自由に島中を歩き回るのである。

調査員の専門はそれぞれ異なるので、ほとんどの場合単独行動。

今考えると至福のひと時だったなと思う。

 

女島灯台にて

 


絶海の孤島「男女群島」には、この島だけに生息する「ダンジョヒバカリ」という珍しいヘビがいる。

日本中の爬虫類愛好家が一度は見てみたいと夢見るほどのヘビである。

全長30cm程度の小型のヘビで、ミミズなどを捕食しているらしいが、詳しい生態は分かっていない。

これは、島自体が国指定の天然記念物なので簡単に上陸できないこと、さらに、高速船でも3時間はかかるほど遠いということで、簡単に調査研究ができないからであろう。

宿泊していた女島にはダンジョヒバカリはいないので、生息する男島への一泊二日の調査が実施された。

真浦と呼ばれている場所に上陸し、そこから崖を登り、島内調査。

 

真浦から上陸して崖を登った男島の森林内



調査を開始してすぐのこと、一本の倒木があった。

それを持ち上げてみると、なんと1匹のダンジョヒバカリが。

初対面である。私はあわてふためいたが、ヘビの方は逃げようともせず、ジーと私の方を見ていた。

感動のあまり、優しく捕獲し記念撮影。

その後も石の下や倒木の下で何匹も確認することができた。

 

ダンジョヒバカリのいた倒木と捕まえて喜びいっぱいの私

 

初めて見たダンジョヒバカリ



午後、登ってきた崖を降り、宿営予定地の千人塚へ。

ここで一泊。といっても、岩の上で眠るだけ。

この場所は緩やかな崖に大小さまざまな石が転がっていた。

多くの石の下で何匹ものダンジョヒバカリを確認したので、男島の個体数はかなり多いように感じた。

 

千人塚の崖地で石をはぐりダンジョヒバカリを捜しているところ

 

石の下にいたダンジョヒバカリ(いろいろなサイズの個体を発見した)



 ダンジョヒバカリは、最初、対馬を除く県内各地に広く分布するヒバカリとして発表された。

途中で、中国大陸にいるザウテルヘビという名前になったが、現在では、ヒバカリの固有亜種ダンジョヒバカリと呼ばれている。

この名称は、1986年に日本蛇族研究所の故鳥羽通久氏が記載したものである。

生前、鳥羽氏と話した際、ダンジョヒバカリについて次のように話されていた。

「一応、亜種として記載したが独立した種としてもいいかもしれない。ただ、標本が少なく調査が進んでいないので、今のところ亜種にしておくが、今後の研究により独立種になる可能性が高い」と。

今後の調査研究が楽しみである。

 

千人塚付近で発見したダンジョヒバカリ


 ヒバカリ類は、非常におとなしく、手にのせてもかむことはない。

しかし、名前の由来は、「かまれたらその日ばかりの命」ということらしい。

どこから、この名前が付けられたのかは分からないが、日本(南西諸島を除く)の毒蛇はニホンマムシとヤマカガシだけ。

小さなおとなしいこのヘビに、なぜ、ヒバカリという恐ろしい名前が付けられたのか不思議でたまらない。

男女群島のダンジョヒバカリも、県本土のヒバカリ同様に非常におとなしく噛みつこうともしない。

 

県本土に生息するヒバカリ

 

ヒバカリの幼体を指に絡ませているところ



 数年前、長崎南高校の同窓会に行ったとき、一人の教え子が次のように話してくれた。

当時、3年生で受験勉強に励んでいたのに、私たち受験生を放り出して、先生は男女群島に行かれた。

行く前も、行った後も、その話を楽しそうに話していた。

それが一番印象に残っているとのことだった。

一生懸命、受験指導もしたのに、私のことで覚えているのは楽しそうに笑顔で話すその事だけだったようだ。

 

男女群島女島の岩場での記念撮影(背景も女島の一部)



 

高貴なヘビ「タカチホヘビ」

 ヘビの姿が美しいという思う人は少ないかもしれないが、今回紹介するのは本当に美しい。

そのヘビの名前は「タカチホヘビ」。

発見者の高千穂宣麿男爵に由来している。

基本的にヘビの場合は、文章の途中に写真は入れず最後のまとめることにしているが、今回だけは途中に入れることをお許しいただきたい。

 

 体長50cm程度の中型ヘビで、体色は黄土色。

背中の中央に1本の黒い筋がある。

鱗は金属光沢があり、虹色に光って見える。

この鱗の美しさがこのヘビの特徴なのだ。

 

金属光沢が美しいタカチホヘビ(2001年8月に龍頭泉荘の庭で撮影)

 

体長50cm程度のタカチホヘビの全身(2001年8月に龍頭泉荘の庭で撮影)



 長崎県の爬虫類の調査をしている時、タカチホヘビは名前だけを知っている幻のヘビだった。

長崎県本土には8種類のヘビが生息している。

対馬には、別に2種類、そして、男女群島男島に1種類。

合計11種が長崎県に分布するヘビということになる。

最後まで撮影が難しいと思っていたのは、男女群島にいるダンジョヒバカリとタカチホヘビだった。

ダンジョヒバカリは、1993年に男女群島に調査に行く機会があり、撮影することができた。

最後に残ったのがタカチホヘビだったのだ。

何としても出会いたいと思って、夜の雲仙山系や多良山系の山道をドライブしていたが私の前には表れてくれなかった。

それほど、恋焦がれたヘビであった。

やっとこのヘビと出会えたのは1995年8月18日のこと。

当時、長崎南高校に勤務していた私は、3年生の学習合宿で諫早青少年自然の家に宿泊していた。

夕食の時間が終わっての休憩時間、何とか暇を貰い、山道をひたすら運転し続けた。

目的は、見たことのないタカチホヘビを捜すこと。

数日間、夜行性であるタカチホヘビが道路上に出てくることを祈りながら、ライトに照らされる前方だけを見つめて運転していた。

マムシやシロマダラは見つかるが肝心のタカチホヘビは見つからない。

何日目だったかは覚えていないが、8月18日の夜、やっと道路上でくつろいでいるタカチホヘビを見つけることができた。

喜び勇んで宿舎に持ち帰りみんなに見せたが、長崎南高の先生方の反応は冷たいものであった。

仕方がないとは思いながら、夜な夜な水槽に入れたタカチホヘビと触れ合っていた。

出会いたいと思っている動物に出会えた時の喜び、これは、出会いたいと思っているあこがれのスターに出会ったとき以上だと思う。

分かってもらえるかなあ。

 

初めて発見したタカチホヘビ(1995年8月に諫早市多良山系で撮影)

 

頭の金属光沢が美しいタカチホヘビ(1995年8月に諫早市多良山系で撮影)

 

手の上に置いたタカチホヘビ(1995年8月に諫早市多良山系で撮影)

 

ほぼ全身を撮影したタカチホヘビ(1995年8月に諫早市多良山系で撮影)

 


飼育を試みたが、まったく餌を食べてくれず、標本となってしまった。

優雅で高貴なこのヘビは、「おまえの餌を食べるくらいなら餓死を選ぶ」と言っているようで、その後は見つけても優しくなでて逃がすようにしている。

 

 

 一回目の遭遇には時間がかかったが、その後は、何回も出会うことができた。

道路上で轢死した死体が中心であるが、生きた個体は、友人の経営する東彼杵町千綿にある龍頭泉荘で発見してもらった2回だけである。

さすがは、龍頭泉の滝の麓、自然いっぱいの中にある「鯉・鰻・すっぽん料理の専門店」の庭である。

 

龍頭泉荘の庭で発見したタカチホヘビ(2001年8月に龍頭泉で撮影)


 

 2024年5月のある日いつものように遊びに行くと、捕獲された瀕死の状態のタカチホヘビがいた。

床下に置いたネズミ捕り粘着シートにかかり身動きできない状態。

何とか助けたいと思い、龍頭泉荘の娘さんたちといっしょに、必死でネバネバする粘着性のものをふき取った。

完璧には落とせなかったが、何とか動けるようだったので逃がすことにした。

しばらくすると、置いた場所からはいなくなっていたので、頑張って山の中に入っていったのだろう。

生きていることを祈りたい。

 

粘着テープのネバネバを取っているところ(2024年5月に龍頭泉で撮影)

 

粘着テープのネバネバを取ったタカチホヘビ(2024年5月に龍頭泉で撮影)



 タカチホヘビは、本州・四国・九州の山地に広く分布し、中国南東部にも生息しているらしい。

長崎県本土では最も見つけにくいヘビだが、極端に少ないわけではなく、人目につかないだけのようだ。

昼間は山地のやや湿ったガレ場の地中に潜み、餌のミミズを捕食している。深い落ち葉の下から見つかることもある。

たまに、地表に出てくることもあるが安全な夜間に限られる。

動きは実に緩慢で、つかんでもゆっくりと手にまとわりつくだけで咬もうともしない。

昼間の活動だったらすぐに天敵に襲われ絶滅するだろう、と思わせるかよわさを感じてしまう。

それでも、たくましく長崎の地で生き続けて欲しい。