昭和の30~40年代が私の幼少時代で旧大村藩領の宮村(現在の佐世保市南風崎町)という所に住んでいた。
その当時、私たち子どもはヘビのことを「ヘビ」という名称で呼んでいた気がする。
しかし、父母や周りの人は「くちなわ」という名称も併せて使っていた。
一番身近なアオダイショウは「ねずみとり」だったし、マムシは「ひらくち」だった。
このように、私の子供時代の動物名は、標準語と方言が混じってはいたが、どちらかというと標準語の方を多く使っていたように思う。
学校や図鑑やテレビでは、ヘビやマムシという標準語のみが使われていたので、ヘビの方言を聞いたり話したりする機会はほとんどなく、それらの言葉が廃れていく時代を過ごしたようだ。
高校の生物教諭をしながら長崎県内の両生類や爬虫類を本格的に調査するようになったのは、昭和の後半から平成の時代、35歳を過ぎてから。
田んぼや畑を歩き回りながら農作業をされている人たちともよく話をした。
話題はいつも「この辺にはどんなカエルやヘビがいますか」である。
その時に使われる名称のほとんどが、標準語の「ヘビ」や「アオダイショウ」であったが、時々、子供のころに聞いていた「くちなわ」や「ねずみとり」という言葉も出てくる。
それも、老人ほど使用頻度が高い。
長崎の方言っておもしろいなと思いながら調査をしていた時、壱岐の島で、初めて「ながむし」という言葉を聞いた。
ヘビのことを「ながむし」と呼んでいたのである。
初めて聞いた言葉だったのでびっくりして、五島列島福江島や対馬でも聞いてみた。
そうすると、なんと同じナガムシと呼んでいるではないか。
また、ほぼ同じころ、平戸の方でカエルのことを「じょうこ」と呼んでいたのも聞いた。
これまた、初めて聞いた言葉である。
普段は生き物自体を調べているが、この時の「ながむし」や「じょうこ」という名称は、私にとって新発見であった。
狭い長崎県でも、地域によってヘビやカエルの名称が異なっていたのである。
老人しか使っていないこれらの方言を調べてみようと決心した。
ヘビやカエルの方言探しの旅(調査)が始まった。
ヘビやカエルだけではもったいないので、両生類はカエルやサンショウウオ、爬虫類はヘビやトカゲ、カメ類の写真を準備しての聞き込みである。
県本土は、江戸時代の藩を考え、大村藩領、平戸藩領、島原藩領の各地。島では、五島列島、壱岐、対馬を中心に調査した。
全部で30数か所になった。
アポを取っての聞き込みもあれば、田んぼを歩きながら世間話の中の採集もあった。
田んぼの畔に座っての老夫婦との会話は1時間以上になったこともある。
自宅に招かれお茶やお菓子を頂いたこともある。
そんな時は、お互いにとても楽しくて時間がたつのを忘れるようだった。
こんな田んぼのあぜ道で老夫婦から方言採集をした。

方言採集に持参したヘビ類の写真(写真を見ながらの聞き込み)

聞き込みをした感想を先に述べておく。
カエルやカメ、トカゲ類は比較的単純で似たような方言が多く、名前の付けられていない種も多かった。
簡単に言うと、「小さなカエル」、「緑のカエル」「しっぽの青いトカゲ」「臭いカメ」というように、単語の前に形容詞がついて説明している方言が多かった。
それに対し、ヘビは、種ごとにちゃんと名前が付けられているのである。
マムシのように毒を持っているヘビがいるので、ちゃんと名前を付けて認識する必要があったのだろう。
長崎県本土に生息する8種のヘビの中で、方言がなかったのは、「シロマダラ」と「タカチホヘビ」の2種だけである。
この2種はめったに目にすることのないヘビなので、方言のないことが納得できる感じがした。
他の6種にはちゃんと名称があり、特にシマヘビに見られる2タイプ(ストライプ型と黒色型)は別々の呼び名があった。
ストライプ型は単に「くちなわ」と呼ばれることが多くヘビの総称と同じであったが、福江島では「うまんくそむし」とも呼ばれていた。目の下が馬のくそ(糞)に似ている色合いだからだろう。
黒色型はいろいろな呼び名が付けられていた。
「くろぐちなわ」「からすぐちなわ」「おっかけむし」などである。
シマヘビ(ストライプ型)・・県本土では最も普通に見られるので、総称の「くちなわ」が多かった。福江島では「うまんくそむし」という名前もあった。

シマヘビ(黒化型)・・・色具合から「くろぐちなわ」や「からすぐちなわ」が多かった。気性の激しさをあらわす「おっかけむし」もあった。

長崎県の島には、対馬の「ツシママムシ」「アカマダラ」、五島の男女群島には「ダンジョヒバカリ」という固有のヘビがいるが、対馬の2種には「ひらくち」「ちゃびらくち」という方言があった。
男女群島には基本的に人が住んでいないので方言はないだろう。
まとめてみると、長崎県に生息する11種のヘビの中で、8種にはその土地独特の方言があることが分かった。
さらに、シマヘビには2つのタイプそれぞれに方言があった。
同時に、県立図書館に行き、方言図鑑も調べた。
方言図鑑や郷土史にも生物名の方言は書いてあるが、代表的な一部の言葉だけですべては網羅していないなという感想を持った。
すべてをまとめると大変な量になるし面白くもないと思うので、ここでは、ヘビという総称とアオダイショウについてまとめておきたい。
長崎県にはヘビをさす方言が大きく2つあった。
県本土全域で広く使われていたのが「くちなわ」、五島列島・壱岐・対馬の離島で使われていたのが「ながむし」である。
全国的には「くちなわ」と「へび」の2つが中心で、「ながむし」は非常に珍しい方言のようだ。
ながむしやくちなわという言葉の由来は次のように考えられている。
昔の生物の分類では、両生・爬虫類は『虫』という分類群だったので、ヘビという漢字は虫へん(蛇)だし、カエルという漢字も虫へん(蛙)になる。
だから、ヘビは長い虫(ながむし)になるのだろう。
一方、「くちなわ」は、ヘビの見た感じが細い縄(なわ)のように見えるので、「朽ちた縄」か「口のある縄」からできた言葉と思われる。
長崎県における「くちなわ」と「ながむし」の分布図

アオダイショウの方言については実に様々で、県内各地でいろいろあった。
一部を紹介したい。
家にすむということから呼ばれていた「いえぐちなわ」「えーぐちなわ」とネズミを捕ってくれることから「ねずみとり」「ねずみまき」の2タイプが一番多かった。
五島列島や対馬では、ヘビの総称である「ナガムシ」がアオダイショウにも使われており、一番身近なヘビであったことがうかがえる。
他に面白いなと思ったのは、福江島の「やーしまー」、壱岐の「やろうじん」、松浦市福島の「やじなみ」、平戸市的山大島の「まわりぼう」、五島市奈留島の「やしきまわり」などであるが、どれも家の中や周りにいることを表現していると思う。
アオダイショウ(県本土最大のヘビで、家の中に入りネズミを捕食していた)

アオダイショウの方言の分布図(主なものだけ)

自然の中を歩き、そこにいる人たちと話をしていると、ふと面白いなと思う事象に出会うことがある。
そして、ちょっと調べてみようという気になる。
徹底した調査をすればいいものを、飽きっぽい性格なのでずっと続けることができず、大まかな傾向が分かると安心して終了、次に行ってしまう。
こんな50年を続けてきたので話題は豊富だが中身が少ない。
今回のヘビの方言採集もその一例であり、2年間ほどしかやっていない。
しかし、今ではこれらの方言を知っている人がほとんどいなくなってしまったので、集めることは非常に難しいであろう。
ファイルに閉じ込めたままの資料であるが、今回のブログのために久しぶりに見てみると、それぞれの地域の記録に、さまざまな昔の記憶が浮かんでしまった。