森にすむカエル「タゴガエル」 

 タゴガエルという名前のカエルを知ったのは大学に入ってからである。

卒業研究(卒研)の部屋として両生研を選んだ私は、いろいろな場所に両生類の採集に連れて行ってもらった。

4年生(1973年)の冬のこと「タゴ堀り」に行くという先生に連れていかれたのは、福岡にある犬鳴山の渓流。

登山用のピッケルで表面にはほとんど水のない渓流の石をはぐっていく作業である。

名前の通りの「タゴ掘り」。

そうすると石の下にジーっとしている赤茶色の小さなカエルを掘り当てる。

初めて見たタゴガエルは、ニホンアカガエルによく似ているなあという印象を持った。

当時は非常に珍しいカエルで、長崎県にも分布するなんて全く思っていなかった。

 

石の下のタゴガエル(2016年2月、雲仙市で撮影)  

 


 長崎の高校教員として2校目の長崎北陽台時代(1979年から)、平戸島の調査で安満岳付近によく行っていた。

山頂付近の小さな池にカスミサンショウウオが生息していたからである。

 

世界遺産平戸市の安満岳(2018年9月、春日集落から撮影)

 

安満岳山頂付近の池(2018年9月に撮影)

 


 1981年4月、数回目の訪問の時、池に流れ込んでいる小さな渓流から、「ググッ グー」という低音の音が聞こえた。

カエルのようだが初めて聞いた鳴き声なので種名は分からず、ドキドキワクワクしながら鳴き声のする大きな石をはぐってみた。

すると、そこには昔福岡で見たことのあるカエルがいた。

タゴガエルである。

長崎県初記録となった。

そして、その場所には初めて見る卵塊もあった。

大学生の時は成体しか見ていないので、鳴き声や卵塊は初めて。

嬉しかったなあ。

一人だったのでこの感激を誰とも分かち合うことはなかったが、多分、だいぶにやけていただろう。

写真は、その時の感動の一枚である。

これもまた、今でも鮮明な記憶として残っている、調査のシーンの一つである。

 

タゴガエルの鳴き声が聞こえた小さな渓流(2023年3月、平戸市安満岳で撮影) 

 

初めて見たタゴガエルの卵塊と成体(1981年4月2日、平戸市安満岳で撮影)

 

 タゴガエルというカエルはあまり知られていない。

カエルと言えば田んぼや池にいると思われがちだが、このカエルは山の中を生活圏としている。

山歩きをしている時、足元でピョンと跳ねる小さな茶褐色のカエルがいたら本種と思っていいだろう。

 

タゴガエル(2022年3月、平戸市安満岳で撮影)

 

タゴガエル(2013年2月、五島市椛島で撮影)

 

タゴガエル(2016年8月、東彼杵郡川棚町虚空蔵山で撮影)

 

タゴガエルの幼体(2022年8月、島原市で撮影)



 タゴガエルを漢字で書くと(田子蛙)となる。

学名は、Rana tagoi である。

名前の由来は、両生類研究者の田子勝彌氏の田子で、命名者の岡田氏が田子氏に献名したものである。

つまり、日本名である和名も世界共通の学名も「田子(たご)」という名前が付けられている。

 

 ちなみに、私(松尾)の名前が付けられた動物もいる。

2024年3月、埼玉県の高橋守氏により新種記載された長崎県男女群島産のニシヤモリだけに寄生しているダニの一種である。

和名「マツオツツガムシ」、学名は「Leptotrombidium matsuoi」で、和名・学名ともマツオ(matsuo)という名前を付けていただいた。

このいきさつは、いつか書いてみたい。

 

 タゴカエルの仲間(タゴガエル種群)は、本州、四国、九州に広く分布し、ナガレタゴガエルやネバタゴガエルなどなど数種類が知られている。

タゴガエル種群の中心はタゴガエルであり、長崎県をはじめ全国的(北海道を除く)に最も広く分布している。

しかし、近年、研究の進展とともに細分化が進んでいる。

2025年現在、タゴガエル種群は7種であるが、今後の研究でまだまだ増えるかもしれない。

ちなみに、一番新しく新種記載されたタゴガエル種群は、2023年8月に長崎県五島列島の固有種として新種記載されたゴトウタゴガエルである。

和名「ゴトウタゴガエル」、学名「Rana matsuoi」である。

 

ゴトウタゴガエル(1986年8月、新上五島町中通島で撮影:この当時はタゴガエルと思っていた)

 

ゴトウタゴガエルの幼生(2010年11月、新上五島町中通島で撮影)



 タゴガエルのように、山中で生活するカエルは、産卵場所である水場の確保が難しい。

カエルは両生類なので、卵や幼生(オタマジャクシ)は水の中でしか生きることはできないからだ。

この問題を解決するために、タゴガエルは河川や山中の池を選ばず、地下を流れる水(伏流水)を利用することを選んだ。

伏流水なので、太陽の光は当たらないし、幼生のエサもほとんどない。

この解決策として、タゴガエルは栄養分をたくさん含んだ大きい卵を生むようになった。

つまり、幼生は餌を食べなくても変態し子ガエルになることができるのだ。

タゴガエルは、伏流水という安全な場所で、栄養分を多く含んだ大きな卵をうむという習性をもつことで、森で繁栄しているのだろう。

 

タゴガエルの抱接(1985年4月、多良岳で撮影)

 

タゴガエルの卵塊を岩の下から出したもの(1985年4月、多良岳で撮影)

 

伏流水からしみ出してきたタゴガエルの卵塊

(2024年3月、長崎市で撮影)

 

タゴガエルの幼体(変態直後、実験室でふ化)



 春先の山道を登山している時、登山道付近の岩や土の下から「ググッ ググッ」という低音の響きが聞こえたら、地下の伏流水でタゴカエルのラブコールがはじまっていると思って欲しい。

写真は多良山系の源流付近で岩を掘り起こし、産卵された卵塊の上に、別の抱接した雌雄の個体を乗せたやらせのものである。

 

タゴガエルの雌雄(抱接)と卵塊(1985年4月、多良岳で撮影)