対馬の固有種「ツシマアカガエル」

 対馬を初めて訪れたのは1972年(昭和47年)の大学3年生の時である。

研究室のメンバーと先生の5~6名だったと思う。

博多港から朝の便のフェリーに乗り、壱岐を経て対馬厳原港へ7~8時間はかかった。

厳原から鶏知までバスに乗り、そこから歩いて小さな渓流の沢に入り、テントを立てた。

そのころには日も落ち、夕食のジャガイモと人参とソーセージの入ったカレーを作って食べ、あとは寝るだけ。

次の日の昼間に目的の採集を終え、夜は海岸まで歩き、初めて見た漁火の美しさに感動したことを覚えている。

目的は、ツシマサンショウウオ(2023年、ツシマサンショウウオとタゴサンショウウオの2種に分けられた)の採集であったが、カエルたちも見たように記憶している。

大学卒業後、高校の生物教諭となってからも何十回となく訪問した。

最後の訪問したのが2021年なので、約50年間対馬のカエルたちを見続けてきたことになる。

 

 本来、対馬に生息するカエルはチョウセンヤマアカガエル、ツシマアカガエル、ニホンアマガエルの3種類である。

2001年にヌマガエルが侵入し、今では対馬の中央付近では最も普通のカエルになっている。

他にも、一時的ではあるが、持ち込まれたトノサマガエルやウシガエルも生息していた。

 

チョウセンヤマアカガエル(1987年8月、上県町で撮影)

 

ツシマアカガエル(2003年3月、上県町田ノ浜で撮影)

 

ニホンアマガエル(1983年8月、上県町仁田で撮影)


 

 今回は、対馬全域に最も多く生息するツシマアカガエル(ツシマアカ)について述べてみたい。

 ツシマアカは、名前の通りに対馬だけに生息する固有種。

この地球上で対馬だけに生き続ける貴重なカエルである。

私のエクセルデータの中で一番古い記録は1981年(昭和56年)2月29日で、成体4確認と記している。

それ以前にも、数回行ったことはあり見た記憶はあるのだが、記録として残していない。

長崎県の両生類相を調査してみようと思ったのは1980年ぐらいからだったので、記憶だけでは正式の記録としては残せないのだ。

 

ツシマアカガエル(1999年4月、上県町佐護で撮影)


 ツシマアカは小型の赤茶色のカエルで対馬全域に広く分布する。

1月から6月にかけて産卵し、夏ごろに変態し上陸していく。

対馬で普通に見かけるカエルはツシマアカと思ってよかったが、現在はヌマガエルに置き換わっている地域も多い。

似たような色合いのカエルがもう1種類生息している。

チョウセンヤマアカガエルである。

こちらは、かなり大型で目立っているが、数も少なくめったに見ることはない。

 

ツシマアカガエルの抱接(1994年5月、厳原町樫根で撮影)

 

ツシマアカガエルの卵塊(1981年3月、美津島町大船越で撮影)

 

ツシマアカガエルの幼生(2003年6月、美津島町鶏知で撮影)

 

ツシマアカガエルとチョウセンヤマアカガエル(2021年2月、上対馬町舟志で撮影、下がチョウセンヤマアカ)

 

 ツシマアカに関する一番の記憶は、1999年4月の調査の時である。

小雨の降る夜のこと、上県町佐護から志多留にいたる道路脇の水田に数百匹のツシマアカが集結しようとしていた。

近くの山からの川の流れに乗って道路わきの水田を目指しての大行進である。

川面から水田の間には数mのコンクリートの壁がある。

そこを集団で登って産卵場である水田を目指していた。

登ることをあきらめた雌雄のカエルたちは流れの中に産卵していたが、卵塊は水の流れに乗って下流へ。

対馬の豊富な自然の一部を垣間見る思いであったが、その後、産卵場である水田は放棄されて藪となってしまい、昔の面影はない。

 

壁をよじ登るツシマアカガエルの大群(1994年4月、上県町佐護で撮影)

 

ツシマアカガエルの多量の卵塊(1999年4月、上県町佐護で撮影)

 

 

 2008年12月13日、厳原にある万松院に行った。

対馬藩宗家の菩提寺である。

美しい長い階段を登ると宗家歴代藩主や奥方の墓があり、巨大な杉の木が目を引く。

 

万松院の階段(2017年3月に撮影)

 

万松院の大スギ(2013年3月に撮影)

 


 お墓の数か所に水を溜めておく石造りの水槽みたいなものがある。

正式の名前は分からないので写真を見ていただきたい。

その中の一つにオタマジャクシが泳いでいた。

 

ツシマアカが産卵していた石の水槽(?)(2017年3月に撮影)


 こんな場所で産卵するのは、吸盤を持ったニホンアマガエル(アマガエル)か、ちょっとした壁なら登ることができるツシマアカのどちらかである。

12月の観察だったので、アマガエルの幼生はすでに変態してカエルになっているはず。

ツシマアカにしてはちょっと早すぎるなと思った。

その後、何回となく調査を行いツシマアカであることが判明したのだが、その石造りの水槽見学は写真の日付でもわかるように対馬訪問の恒例行事になった。

1mの垂直な壁を、雄雌別々に登って水槽内で抱接するのか、抱接した雌が登っていくのかはわからないが、どちらにしても大変なことだろう。

もしかしたら、側の石垣を登りジャンプして飛び込んでいるのかもしれない(これまた大変)。

確かめてみたいが夜間は中に入れない。

さらに不思議なことに、この石造りの水槽は3~4個あるのだが、産卵するのはいつも決まった1個だけで他には産卵しないのだ。

この水槽を使いなさいと遺伝子に組み込まれているのではないかと思ってしまう。

対馬に行くことがあったら、ぜひ、万松院に行き、一番上の石の水槽の中をのぞいて欲しい。

今でも、ツシマアカのオタマジャクシが見れるはずである。

 

小さな幼生(見えるかな)がいる石の水槽(?)(2020年3月に撮影)


夏を超したと思われるツシマアカの幼生(2015年11月に撮影)

 

ツシマアカの卵塊(2017年3月に撮影)

 

 ことわざに、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」がある。

ツシマアカの産卵調査をしていると、そのことわざ通りだと思ってしまう。

1月から6月の長期間、雨の後の道路の轍(わだち)やちょっとした水たまり、水田、池、小川などなど、水さえあればどこでも産卵している。

ツシマアカのお母さんに「こんな所に産んだら駄目でしょ」と言いたくなる。

明日には干上がってしまう小さな水場にも産んでいる。

9割のオタマジャクシが死んでしまっても1割が生き残ればいいという考えなのだろう。

カエルたちの繁殖は多かれ少なかれその傾向にあるが、ツシマアカは極端すぎると対馬の調査をするたびに思ってしまう。

 

水がなくなりかけているツシマアカの多量の卵塊(2017年3月、峰町大久保で撮影)

 

まもなく干上がってしまう溝に産卵されたツシマアカの多量の卵塊(2020年3月、豊玉町で撮影)


 

 最後に、ちょっとした間違いをおかしたカエルを紹介したい。

アマガエルの雌にツシマアカの雄が抱接している姿である。

下にいる雌がどうしたものか悩んでいる姿に見えてしまうが皆さんはどうだろう。

 

アマガエル(下)とツシマアカ(上)の抱接(2013年6月、豊玉町で撮影)